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無職当選

 「……え?繰り上げ当選?」
 その選挙落選者が驚くと、立花神社のIT巫女を名乗る老婆は頷いた。
 「私の読みが正しければ、多分そうなる。こいつは不正選挙だ」
 エンターキーを叩くと、画面が切り替わって、議員補欠選挙の集計結果が映し出された。
 「……たとえばここを見な。投票数の水増しの痕跡がハッキリと残っている」
 IT巫女が今回のデータと前回のデータを重ねた。とある地区の投票数が二倍になっている。このデータは、選挙管理委員会が選挙終了後に公表した。単なる集計結果だ。
 「これはリアルとオンラインの合計か?でも今回はデジタル選挙初導入なのだろう?足で投票所に通わなくて済む分、電子投票数が増えただけじゃないのか?」
 IT巫女はニヤリと微笑んだ。エンターキーを叩く。別の画面を開いた。
 「電子投票所のアクセス数だ。実際の投票数はこれだ。世間一般にも公表されている」
 数が合わなかった。アクセス数は、実際の投票数と一致しない。下回る筈だ。だが電子投票数全体の数字の方が、電子投票所のアクセス数を大きく上回っている。これはおかしい。
 「初歩的なミスさ。あっちこっち水増しして、数字を弄った結果、電子投票所のアクセス数の事まで頭が回らなくて、忘れたんだろう。間抜けな話さ。頭隠して尻隠さずかね」
 酷く雑な不正だった。これは子供でもおかしいと分かる。国民をバカにしているのか?だがそういう可能性がある事は分かっていた。だからIT巫女に選挙の監視を頼んだ。
 「……では今回の選挙は、オンラインのデジタル選挙で不正があったと?」
 「そうだ。これは正当性がない」
 だが誰が判断するのか?有権者か?裁判所か?選挙管理委員会か?あるいはマスコミか?
 「有効投票数か、リアル投票数で見るだろうよ。最悪、やり直しかも知れないけど……」
 IT巫女は「因みに……」と言って、別の画面を見せた。リアル投票の合計だ。
 「……勝っている」
 その選挙落選者は呟いた。電子投票数では大きく負けているが、リアル投票では勝っていた。
 「今週の週刊ユウヒだよ。それから週刊退潮、週刊モダン、週刊文臭」
 IT巫女が週刊誌を次々投げた。選挙でデジタル不正!犯人は誰か?と書かれている。
 「私の読みが正しければ、当選者は辞退するだろうね。騒ぎが大きくなる前に」
 「……なるほど。それで繰り上げ当選か」
 選挙落選者は曖昧に頷いた。まだ実感は沸かなかったが、状況は理解した。
 「だが合衆国でも、似たような事象は起きているが、選挙不正が暴かれた事がない」
 選挙不正はよく話題になるが、選挙結果まで、ひっくり返った事例は少ない。
 「奴らは恥知らずだからね。ウソを吐く文化が定着している。だがここは日本だよ」
 IT巫女は吐き捨てるように言った。
 「日本文化は良くも悪くも恥の文化だ。だから昔は切腹なんてあった」
 IT巫女は指摘した。それから嘘と恥の話をした。
 「恥というのは、ウソが暴かれた時にかくものだ。だけど恥を恥と思わない連中はダメだ。そういう連中は、昔の日本では、士道に悖ると言った。日本ではまだ恥の文化が残っている」
 それからIT巫女は、西洋文明はもうダメだろう。嘘が蔓延していると言った。
 「……まぁ、それはともかく、当選者は恥をかく前に自分から退散するだろうよ」
 選挙落選者は曖昧に頷いた。確かに今、辞退すればダメージは少ない。このまま議員をやるには、リスクが大きいと考えるかもしれない。いや、その前に推薦した野党が嫌がるだろう。与党の不正を追及したい立場なのに、不正疑惑がある議員を迎え入れるメリットはない。
 「与党も動くだろうよ。マスコミをけしかけたのは多分そうだ」
 IT巫女は言った。週刊ユウヒの記事を見ると、記事の取材責任者に女性の名前が書かれていた。どこかで見た事がある名前だった。あの質疑応答で質問してきた女性記者か?
 「反DXで、世間の反発を喰らって落ちたと思っていたが……」
 それが選挙落選者の正直な処だった。アレはやり過ぎと言われた。だが自分としては、世間に言って良かったと思っている。多数の賛同が得られる意見ではないが、皆が、気が付いていない事を指摘したつもりだ。それで変わる程、世間は甘くないが、ショックは与えた。
 「……実はお前さんご自慢のあの質疑応答は、殆ど世間一般に報道されていない」
 IT巫女は静かに言った。選挙落選者は「え?」という顔をした。
 「マスコミも無視したし、テレビで記者会見は流れたが、質疑応答までは流れていない」
 無名の新人候補など、そもそも皆あまり注目していなかったという事か?
 「与党が手を回した可能性もあるが、そもそも地盤を引継いだお前さんが敗ける訳がない」
 IT巫女はそう評価した。選挙落選者は考えた。
 「……つまり、私の言動とは関係なく、当選するのは、当たり前だと?」
 「そういう見方もできるね。リアル投票だけだと、そういう流れは確かに存在していた」
 IT巫女は、画面を色々切り替えた。今回の選挙をあらゆる角度から分析している。
 「でもこのデジタル選挙というものは、正しく運用されれば、選挙の流れを変えるだろうね。無党派層が大きく動く事があるかもしれない。だけど不正の余地も多い。運営者の問題もあれば、セキュリティの問題もある。今の段階では、やらない方が無難だろうよ」
 IT巫女はそう締めくくった。この老婆はITコンサルもやっている。知見がある。
 「だが現実には導入されたし、今回の結果は、最初の事例として議論されるだろう」
 その選挙立候補者は、とある与党国会議員の後釜として、選挙に出馬した。だが補欠選挙で落選して、見事無職になった。選挙落選者だ。大量の借金を抱えている。だがこの選挙不正で、状況がひっくり返るのか。まだ当選者は何も言っていない。果たして状況は動くのか?
 「……引退した国会議員はこの事を予想していたのか?」
 落選した日に、枕許まで報告に行ったが、特に何もコメントしなかった。
 「それは分からないね。本人に訊いてみな」
 IT巫女がそう言うと、選挙落選者は考えた。
 「だが万が一、当選者が恥知らずで、このまま残って粘る事は在り得ないか?」
 「……そいつは仕組んだ奴らのシナリオではないから、破棄されるプランだよ」
 今回の選挙不正を仕組んだ奴らがいる。旧デジタル庁、現偵察総局だ。それは分かっている。
 「言う事を聞かない操り人形なんて要らないからね。本人が粘る事に意味はないよ」
 ではこのまま当選者は降りて、こちらが繰り上げ当選して終わるのか?
 「今回は向こうの工作失敗だから、順当に行けばそうなるね」
 「……誰が不正をやったのか暴けるか?」
 「選挙管理委員会のサーバーに不正アクセスすれば、ある程度は……。でも証拠にはならないよ。止めた方がいいね。こっちも足が付く。選管のセキュリティ担当者の仕事さ」
 基本的に、電子情報は日本の裁判で証拠にはならない。無論、そこに書かれている事は参考にするが、証拠になった判例は少ない。電子情報は、後から幾らでも改竄の余地があるからだ。だがこのルールは逆に、犯罪を助長している面があるし、幾らでも悪用できる。問題だ。
 「根拠となる物理的な証拠があればいいんだろうけど、それは向こうが全部持っている」
 電子情報ではダメでも、書類化して押さえてしまえば、証拠として提出できる。あとはサーバーごと押さえて、裁判所に出せばいいのか?いずれにしても、偵察総局の中に入らないと押さえる事ができない証拠ばかりだ。無論、令状もなく捜査もできない。
 「犯人は誰か分からなくても、今回、不正があった事だけは誤魔化せないだろうね」
 選挙不正をやるために、広範囲に渡って、大規模に数字が操作されている。組織犯罪だ。今回、それが全体として整合性が取れる程、完璧ではなかったというだけの話だ。だが次回以降はもっとスマートにやるだろう。そうなると、表面的には分からなくなる可能性がある。
 「完全犯罪、完璧なウソという奴だね。そうなると、この世的には裁けなくなる」
 「……そこで閻魔大王のご登場という訳か。死んでから裁かれるが」
 選挙落選者は言った。だが今ここでそんな話をしても仕方ない。これは生者の問題だ。
 「エンマ様はさておき、ウソはウソだよ。ウソは社会の毒だ。幾らそうじゃないと言っても、効果としては毒だ。毒を毒でないと言い張っても、確実に毒の効果は発揮される」
 嘘は社会を蝕み、不正が蔓延る。人々を困らせ、苦しませるだろう。悪行だ。
 「日本もウソが酷くなってきたけど、他の国はもっと酷いね。在り得ないレベルだ」
 IT巫女は言った。特に政治の分野で嘘が大きくなってきた。最近の傾向だ。
 「ワシ〇トンも北〇も大概だよ。ウソの工場さ。西洋文明も東洋文明もダメだろうね」
 選挙落選者も考えた。世界情勢は急速に悪化しつつある。なぜか?
 「こんなに世界が悪くなったのは、人類にウソ吐きが増えたからだよ」
 IT巫女は言った。そして続けた。
 「何が真実か分からない。善悪は存在しない。だから何を言ってもいいという風潮だ」
 「……その割には、ポリコレとか蔓延している」
 選挙落選者は指摘した。
 「あれもキャンセルカルチャーだよ。伝統的価値観と相容れない。新手のウソさ」
 IT巫女はまた吐き捨てるように言った。そして続けた。
 「最近の人類は、古典古代の人類より賢くなったとでも言うのかね?」
 それは同意するが、人類に進歩がないというのも単純に同意できない。
 「ウソが蔓延した社会は死に至る。だから政治から社会を浄化しないといけない」
 嘘を駆逐するには、善行しかないだろう。善は悪を駆逐する。
 「政治を浄化するのは、最も困難な道の一つだよ。かつて聖徳太子が目指した道だ」
 IT巫女はPCの画面から目を離すと、社務所から外を見た。その先には宝物殿がある。
 「……聖徳太子は好きじゃない。どちらかと言うと、隋の煬帝の方が好きだ」
 選挙落選者はそう言った。そして続けた。
 「そもそも現代の民主主義に、根本的な疑問を感じる」
 IT巫女は黙って見ていた。
 「多数決を原則として政治を決める体制に問題はないか?」
 いつだって、正しい意見が、多数を占めるとは限らない。どちらかと言うと、逆だろう。
 「極端な話、テストで不合格者が多数の場合、民主主義ではそれが正義ともなりうるからな」
 「……クーデタとか暴力革命を起こす奴らは、テストで不合格だった奴らばかりだよ」
 不平不満が多数を占めた時、国家の乗っ取りが起こる。お題目は何でもいい。暴力革命だ。
 「正しければ、独裁制でもよくないか?」
 「……お前さんが正しい限り、それは通るかも知れないけど、お前さんが間違った時はどうなる?誰が止めるんだい?あるいはお前さんがいなくなった後はどうなるんだい?」
 「……最も強い者が後継者だ」
 「それは暴力が支配する世界になりかねないね。そしてウソと暴力は最悪の組み合わせだよ。暴政の始まりだ。王朝の二代目か、創始者でよく起こる問題だけどね」
 ここは現代の日本だ。昔の大陸ではない。だが似たような問題は起きるかも知れない。
 「……旧陸軍の陰陽師や立花神社の予言では、日本の敵が現れるんだろう?」
 その選挙落選者は笑顔で言った。IT巫女は沈黙した。黙って見詰めている。
 「誰が日本の敵か知らんが、無職当選した自分としては、微力を尽くすまでだ」
 
          『シン・聊斎志異(りょうさいしい)』エピソード67

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