[書評] 世界を統べる者
矢作 直樹、宮澤 信一『世界を統べる者——「日米同盟」とはどれほど固い絆なのか?』(ワニブックス、2022)
エネルギーと食糧は極論すれば日本はやがて自立できる
日米安保の背後にあるMSA協定(Mutual Security Act)について知りたい人にはおそらく必読書。(誤植をもう少し減らせば)日本人の必読書にもなり得る書。
矢作直樹(東京大学名誉教授)と宮澤信一(国際実務家)の両氏が戦後の日米関係の背後にある構造的な仕組みを中心に縦横に語り合った書。
人によっては後味悪いと感じることもあるかもしれない。さまざまの分野について歯に衣着せぬ議論を展開するので、当然、異論反論との激突は避けられない。
以下、評者が印象に残った点を挙げる。
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【大豆の自給率】2020年でわずか22%。これはいくら何でも低すぎる。タンパク源として大豆は欠かせない。
何でこんなことになったかというと、米国の大豆を買わせられているからで、それもMSA協定が関係しているという。同協定は防衛装備を日本が米国から買うことについての規定だから大豆なんて関係ないと思うと、これが違う。〈アメリカから見ての市場がうまく動くように〉という建付になっていると(152頁)。
タンパク質を摂るのに、肉や魚でない方法を、となると大豆であるという矢作氏の指摘はその通りと思う。宮澤氏によると醤油は今は殆どアメリカの大豆で作られているという。何ということだ。醤油がない和食など考えられない。100%自給すべしと内心では思う。
何でMSA協定にしばられるかというと、これは実質的には条約で、日本国憲法より上位に来ると。ゆえに、守らねばならない。
日本で紙幣を刷ろうと思うと米国の許可が要り、刷ったら刷ったで米国に10%の手数料を国税として出さねばならないとかは、百歩譲って仕方ないと認めるとしても、大豆は譲りたくない。[日本で紙幣を刷る場合の通貨組込の手続きについては本書157-158頁に書いてある。使用許可が取れれば日銀に回り「目」を入れる。1万円札を見ると「目」がホログラムになっている。宮澤氏によると、〈フリーメイソンに加盟している国では基本的に必ず「目」が入ります。(中略)皆さん、気づかずにフリーメイソンの許可がおりた紙を使って生活しているのです〉という(160頁)。]
評者は朝食は完全にアイリシュ・ブレクファストの世界で、パンと紅茶とオーツとヨーグルトがなければ始まらないが、いざとなれば全部あきらめて一汁一菜にする覚悟はある。その際、米は心配ないので(米食に対する米の自給率は98%)、あとは大豆だ。大豆がないと困る。
いづれにしても、評者は矢作氏の知恵と勇気の言葉〈エネルギーと食糧は、極論すれば、日本はやがて自立できる〉を信じる(251頁)。エネルギー自給の希望やカロリー摂取の呪縛からの解放などは根拠がある。
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MSA協定について、百科事典に載っていると本書にあるが、本当だ。手許の平凡社の世界大百科事典にも載っている。参考までに引用しておこう。
1954年3月8日,岡崎勝男外務大臣とアリソンJ.M.Allison駐日アメリカ大使との間で調印された協定で,〈相互防衛援助協定〉〈農産物購入協定〉〈経済措置協定〉〈投資保障協定〉の四つからなる。日本の軍事力増強を図るためにアメリカが援助を与えることを主旨とし,その根拠がアメリカで1951年10月に成立した相互安全保障法Mutual Security Act(略称MSA)に求められたのでこの名がある。(佐々木 隆爾)
確かに、この中に農産物購入協定がある。戦後、アメリカが日本の食文化を西洋化させていった流れはきちんと裏打ちされていたのだ。
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本書全体について、少し述べておこう。
〈世界を統べる者〉の題に惹かれて本書を手に取った人は、やや面喰らうかもしれない。対談者の間で〈世界を統べる者〉が何かについて同様の観念が共有されていないように見える。従って、議論は噛みあわない。
読者は読者で別の観念を持っていることも大いに有りうる。その場合、読後に得られるのは、よくて参考情報に留まるだろう。
大局について語るはずが、惜しい。せっかく、これだけの貴重な観点を議論しあいながら、着地点が見えない、というか、ない。
こういう対談本にお願いしたいことは、事前の入念な摺りあわせだ。その準備なくして良い本ができるとは思えない。
本書に関しては、少なくとも、世界の構造の〈階層〉の捉え方についての擦りあわせは必要だ。矢作氏が世界の階層について述べるのに対し(4, 138, 210頁)、宮澤氏は階層性についてはよくわからないと述べる(210頁)。これでは読者は置いてけぼりだ。編集者が注などを入れて、矢作氏のいう階層と宮澤氏の議論の対応関係について補足すべきではないか。この〈階層〉を抜きにして〈世界を統べる者〉の議論が成立つのであれば、そう補足すべきだ。
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