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[書評]シェークスピアのロマンス劇の典拠をめぐる古書ミステリ

チャーリー・ラヴェット『古書奇譚』(集英社、2015)

 世界の本好きの「聖地」ヘイ・オン・ワイの書店に足を踏み入れた主人公ピーターは書棚からエドマンド・マローンの本を抜き出す。マローンはシェークスピアのマニアックな探求をする者なら知らぬ者のない、アイルランドのシェークスピア学者だ。

 本に挟まっていた一枚の紙を裏返したとき、ピーターの胸に痛みが走る。亡き妻にうり二つの肖像画だったのだ。なぜ18世紀の初版本にこんな紙が。

 この謎を解く決意をしたピーターは、シェークスピアの『冬の夜語り』の典拠となるロバート・グリーン作の物語『パンドストー、または時の勝利』の初版本をめぐる謎に巻込まれてゆく。『冬の夜語り』はシェークスピアのロマンス劇の最高峰とされる作品であるが、『パンドストー』の初版本の謎を解くことがシェークスピアその人の正体を解明することにもつながるというのがおもしろい。

 本書はピーターの「現在」に相当する1995年の物語と、ピーターの大学生時代の1983年以降の物語と、グリーンが生きていた1590年代以降の物語の、三つが並行して展開してゆく。

 現代文学で例えば1960年代文学の専門家がいるように、エリザベス朝文学では1590年代の専門家もまた存在する。そのようにマニアックな世界を扱いながら、古書ミステリにピーターをめぐるロマンスをからめつつ、三本のプロットを見事に収斂させてゆく手腕に唸らされる。

 最所篤子の訳文はすばらしく、500頁の物語をまったく飽きさせずに読ませる。

#書評 #コラム #シェークスピア #古書 #最所篤子

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