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[詩学]使える知識としての「詩的叡智」

使えない知識はいらない——足し算から掛け算へ

※「英詩が読めるようになるマガジン」の有料記事に加筆し、無料公開します〔マガジンでの元の題は「[詩学]使えない知識はいらない」〕

あれもできる、これもできる「足し算製品」的発想から、この機能があればここでも使える、あそこでも使える「掛け算製品」の発想へ。

リアルの体験に新しい機能を掛け合わせることによって、無限にある体験を、塗り替えてしまう。こういう体験の包括性のことを、落合陽一は「エクスペリエンスデザイン時代の設計指針」と呼ぶ(『魔法の世紀』)。その例として、彼はソニーのウォークマンを挙げる。既存の体験にウォークマンの「いつでも音楽が聴ける」という機能を掛け合わせることにより、無限の体験がウォークマン体験により塗り替えられる。

足し算の製品

従来はあれもできる、これもできる、と一つ一つ製品に機能を追加していく、漸進的エンジニアリングによる「足し算の製品」だった。その結果が「ガラパゴス」と称される携帯電話だ。限られたスペースにゴテゴテと職人技が発揮された機能がつく。でも、これ、応用が利きます?

掛け算の製品

この機能があれば、ここでも使える、あそこでも使えるという、膨大な体験に製品価値を掛け合わせる「掛け算の製品」の方がこれからの要請に合ってない?

詩的叡智

韻律やリズムの知識はまさにこの「掛け算の製品」に相当する。英語を入力するときも出力するときも、心地よく、気持ち良く、できる。

自分でもよく分かるし、相手もよく分かる。「詩的叡智」が無限の英語コミュニケーションの体験に掛け合わされる。これって大きいと思いませんか?

その意味で「詩的叡智」は「使える知識」です。

具体例(1)

と書いても、いまひとつ説得力がないかもしれない。そこで、具体例を。たとえば、なにか難しい手作業をしていて、うまく行かないとする。もうちょっと上手くやらないとね、と相手にいいたいとする。相手もそういいたいとする。しかし、なかなか、お互い、ぴったりの表現が出てこない。そんな体験をあるアメリカ人としたことがある。

辞書を引くと「上手にできました」は 'Well done!' だから、それの応用でなんか言えないか、などと思ったとしても、これをちょっと変えた表現くらい('It ought to be done well.')ではもひとつピタッとこないし、なによりショボい。リズム的にパンチがない。

そこでこう言った。'Needs an expert hand.' すると、相手の目がかがやいた。「おお、まさにそう言いたかったんだ。その言い方、いいね」と。

これは実は英詩の韻律になっている。'Needs an expert hand.' という具合に、強弱強弱強とならんでいる。冒頭に弱音節が省略されていると解釈すれば弱強格(iambic)の韻律になる(*)。英語としてパンチがあるし、リズム的にピタッとはまる。(*最後が強勢で終わっているので、強弱格より弱強格に感じられる)

ふだんから英詩の韻律に親しんでいると、こういう言い方が無意識に出てくる。

具体例(2)

たとえば居酒屋で、「飲酒運転禁止」のようなポスターを貼りたいとする。どう言いますか?

辞書を引くと、飲酒運転が 'driving a car under the influence of alcohol' とあるけど、これ、読んでるうちに飽きてしまう無味乾燥な表現だ。あるいは学校でよく習う 'drunken driving' も、見ただけで嫌になるお説教くささがある。

こういうときは、イギリスの標語が参考になる。'Don't Drink and Drive.'

これは見たところは 'drunken driving' とよく似ていて、どこが違うのという感じもするが、英語の表現としてはまるで違う。確かに 'drunken driving' は強弱強弱のリズムを持っているのだけど、相手に何かを訴えかける標語としては単調すぎる。ここには頭韻がきいているのだが、この一本調子の配列では印象に残らない。

だいたい、この表現に、あと、否定をつけ加える必要がある。「飲酒運転禁止」みたいな名詞の羅列では、英語の場合、うまく行かない。こういう否定的なメッセージが目的の場合、やはり動詞があった方がいい。名詞句で 'No drunken driving.' といっても、英語的にはパンチはゼロに近い。

そこで 'Don't Drink and Drive.' これは完全な弱強格になっている。'Don't Drink and Drive.' こういうと /dr/ の頭韻が鮮明に頭に残る。

日本語でも、単に「飲酒運転禁止」といわれるより、「飲んだら乗るな」(「乗るなら飲むな」とつづく)といわれる方が、/の/音の頭韻が強烈に頭にひびき、印象に残る。

科学

この種の韻律論は「詩的叡智」の中でもいわば科学的知識に属するもので、身につけておけばいつでも応用がきく。原理がわかれば、覚えておいてどこにでも持ち運べる。

こういう種類の議論を英詩のマガジンではしています(ほかにボブ・ディランの詩の読み解きなども)。

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