変容する季語
夏井いつきが選者の回を観た(「NHK俳句」2016年4月17日)。季語を日本の気候に囚われずに使う自由に勇気づけられる。世界の俳人に観てもらいたい。それが端的に現れたのが一席の句。
二千ミリ レンズに巨象 かぎろへる
井上三重丸
日本の俳人は「陽炎」というと春でなければならぬと思う。しかし、海外のおそらくはアフリカの地で2000mmレンズの向こうに巨象を捉えたときに見たかげろう。望遠ごしのそのスケールは日本の春などという次元を超越する。「躊躇せず圧倒的な出会いを詠んだ」との評語はすばらしい。
夏井さんのラディカルさは『子規365日』などの著書に親しんでいる者にはお馴染みだ。けれども、今回のようにラディカルに季語を捉えるとは。もう一つラディカルに季語を捉えた句が入選していた。
陽炎の 割れていきなり ニューヨーク
松平青葡萄
ぼくがいちばん好きな句は三席の句だ。
逃水 踏み散らし 裸馬の少年
西本理酔
にげみずふみちらしはだかうまのしょうねん。これで19音。なんともいえず、カッコいい。
二席は画家もまた俳人であることを告げる。
テレピン油 ばしゃばしゃ使い 描く陽炎
溝口トポル
油絵の具を溶くテレピン油。いったいどれだけ使えば陽炎が描けるのか。ばしゃばしゃの音は絵になるとおそらく後景にしりぞく。そんな奮闘作業があったことは画家しか知らぬ。けれど、俳人でもある画家はその瞬間を詠みとめた。