[書評]「雪花散らんせ」
皆川博子「雪花散らんせ」
著者65歳の時の作品。『あの紫は ― わらべ唄幻想』(1994)に収録。
2017年になって e-NOVELS から発行された。e-NOVELS は1999年に始まった、プロの作家集団によるオンライン販売。最近、Kindle にも入ってきたようだ。1999年当時は株式会社アスキー・株式会社アスキーイーシーと共同でオンライン販売を行っていた。
この2017年刊の作品の奥付には次の説明がある。
e-NOVELS とはプロの作家が、編集者や出版社を介さず自分たちで自由にセレクト、編集した作品を発表する団体です。小説や評論など過去に雑誌掲載されたものから、書籍化された作品、書き下しまで、幅広いジャンルを取り扱っています。
Kindle Singles に似ている。が、大手出版社も含まれる Kindle Singles とは違い、e-NOVELS の方は作家が主体だ。
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皆川博子は80代で現役の作家である。この65歳の時の作品も、切れば血が出そうな鋭い感性が横溢している。
短篇でこれだけの濃厚な幻想世界を作りだせるのには驚くほかない。
冒頭のわらべ唄が独特のトーンで作品の基調を導きだす。
雪花散らんせ
空に花咲かんせ
薄刃腰にさして
きりりっと
舞わんせ
これは果たしてどういうわらべ唄なのだろうと読者は思う。その意味について何の解説もされぬまま、物語は作家の仕事場から始まる。ふと気づくと、足もとに封書が落ちている。宛先に自分の名があるが、「奇妙なことに、住所の記載もなく、切手も貼ってない」。一体、どうやって届いたのか。
封を切ると四つに折りたたまれた便箋が入っている。新聞に書いたエッセイ「雪花散らんせ」への感想とともに、エッセイで触れた木版画の画家は祖父ではないかと記されている。なつかしいので一度お目にかかりたいという趣旨であった。
「雪花散らんせ」は、版画を目にして以来、しばしば見ている夢に出てくるわらべ唄である。これで冒頭の唄の由来が判明するわけであるが、むしろ謎は深まる。夢の情景は降りしきる葩びらで占められているにもかかわらず、歌は舞う雪をうたう。葩と雪とが同居している。夢ならではの不合理な世界なのか。くっきりしていると同時に歯がゆいほど朧げな夢。
この版画に描かれた満開の桜の木の下の立ち姿が、作品のもう一つの基調となり、短篇が展開する。冒頭の謎が波紋を描きつつ別の謎が輪をなして重なり、現実と夢と唄との境が朧げになってゆく。
その幻想性は短篇であることを忘れるほどに濃密だ。なお、版画に描かれた人物、三代目 澤村田之助は皆川作品に時折でてくる。幕末から明治にかけての実在の歌舞伎役者だ。その生涯を綴る皆川の長編小説『花闇』(1987)もある。本短篇の版画の絵とは少し違うが河出文庫版の表紙を参考に掲げる。