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『モレスキンのある素敵な毎日』ノート

中牟田洋子著
大和書房刊
 
 
 私は文具が好きで、大きな文具屋に行くと何だか年甲斐もなくわくわくする。特に手帳や万年筆を眺めていると、手元にいくつもあるのにまた買いたくなる。
 モレスキンというのは黒いハードカバーの小型のノートである。最近は他の色もあるようだが、私がいつも手に取るのは黒の表紙の縦に開くメモ帳型のノートだ。
 
 何に使っているかと言えば、読んだ本の特に印象に残った一節や、仏典や聖書の言葉で私の心に響いた一節、それらの言葉に関する私の感想や思いついた創作のヒントやへたな和歌などを書き留めている。薄いクリーム色のマス目罫を使っているが、目にやさしく、紙質もいいので、インクが滲んだりしない。さらに裏表紙の見返しに丈夫な紙の折りたたみ式ポケットがついており、他のメモ等をちょっと保管しておくのに便利だ。
 1冊目を使い始めたのが10年前で、まだ4分の1ほど白紙だ。表紙を留める黒いゴムバンドはさすがに延びきってしまい、髪をまとめる黒いゴムバンドを代わりに使っているが、表紙や綴じや小口は全く傷んでいない。
 
 このノートの原型はヨーロッパに以前からあったそうで、製造していたフランス・トゥールにあった家族経営の業者が倒産して、このノートの愛用者が困って〝ノート難民〟に陥ってしまったくらい広く使われていたようだ。
 このノートの復刻のきっかけを作ったイタリア人のマリア・セブレゴンディさんは、1980年代初めに、パリでその名もない素敵なノートに出会って愛用していたが、製造中止になったと聞いてあちこち探し回ったそうだ。
 
 マリアさんはイギリスの紀行小説家のブルース・チャトウィンの『ソングライン』という作品の中で、このノートのことに触れている箇所を発見して、「この美しい物語を語り続けるあの黒いノートを復刻してはどうかしら?」と思いついた。
 チャトウィンは、この黒いノートの表紙の手触りがまるでモグラの毛皮のように滑らかだったことから、「MOLE SKIN」と自分だけのニックネームを付けていたそうだ。それがいまのブランド名「モレスキン」(イタリアのモレスキン社の商標)となったのである。彼は世界各地を放浪し、旅先で得たインスピレーションの全てをこのノートに記録をしていたそうだ。彼はパリの文具店で買えるだけのノートを購入したが、それでも足りなかったという。
 
 今のモレスキンノートの見返しには、〝In case of loss, please return to:……As a reward:$……〟と印刷されている。「紛失の場合はどうか〈住所と名前と連絡先を記入するスペースあり〉までお戻しください。お礼として〇〇ドル差し上げます」とでも訳すればいいのか。これは旅の途中でノートを幾度かなくしたことのあるチャトウィンが必ずノートの見返しにこのように書いていたことに由来する。
 
 いまモレスキンノートにはいろんな種類があるが、この本には多くの愛用者のいろんな使い方が紹介してある。日記、絵日記、読書ノート、ペットの飼育日誌、レシピノート、旅の写真のコラージュ、美しい言葉を集める、フィールドワークの記録、ミニスケッチブック、スクラップブック、好きな小説を書き写す、などなどそれぞれこのモレスキンノートを手にしたときに閃いたインスピレーションのままに使えばいい。また筆記具を装着するとか、飾りを付けるとかのカスタマイズの方法も載っていて面白い。
 
 何を書くにしてもパソコンを使うのが一般化したいま、ペンを手に持ちモレスキンノートに向かうとき、少し厳粛な気持ちになるのは我ながら不思議だ。私は,筆記具はモンブランの万年筆かガラスペン、ペンテルのENERGELの0.5ミリチップの黒か青そして赤を使い分けている。
 
 この本の著者はほかにも何冊かモレスキンノートに関する本を出しており、moleskinerie.jpというサイトも運営していたが、この記事を書くにあたって、開こうとしたら見つけられなかった。閉鎖したようだ。
 
 

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