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怒りに隠れてるものは?

子供を産んでから怒る事が増えました。
私ってこんなに怒る人だったの?!と自分でも驚くほど、大きい声を子供にぶつけたり、どうしたらいいか分からなくなって別室に逃げ込んだり…。

怒ってる人の近くにいると、なんとなく感情が移るようにこっちもイライラしませんか?
同じように、私の感情が荒ぶると子供たちも怒りを爆発させやすい気がして、なんとか自分の怒りを抑えたりコントロールしたいと、日々奮闘しています。
「怒る」と「叱る」の違いとか、「アンガーマネジメント」とか、とにかく色んな事を試しています。

先日、とある3つの事が繋がりました。
これで怒りとの付き合い方を変えられるかもしれない!


メタ認知

1つ目はメタ認知。
メタ認知とは、事実と感情を分けて捉えて客観的に見る事。と自分なりに理解をしています。(違ったらすみません)

具体的に私がやっていることは、「何なん?その言い方!」と思ったときにクールな自分を発動する事。
感情をぶつけられると、こちらもイラッとしてしまいますが、ここで「相手の感情は相手のもの。私の感情とは別なのよ。」と、イライラを膨らませて怒るのではなく、ちょっとクールな自分を装うのですw
そうすると感情と切り離して【何が起きたのか】という事実を見やすくなります。

理性と感情は共存しない

2つ目は、あえて考えるという事です。

怒りの感情が入ってくると解決には至りにくくて、また同じ事が起きてまたイラッとして…と負のループに入ってしまいがちです。

・「そんな言い方せんでもいいやん!もう知らん!」→何も変わらないので再発。
・「ま、言い方はアレやけど、〇〇を注意されたんだな。確かに危ないな。次は△△で回避しよう。」→再発防止につながる!といった感じ。
何が起きたのかが見えると、それに対して対策や行動を考えられます。

理性と感情は共存しないそうなので、怒りの炎に飲み込まれそうになったらあえて考えて、理性という消化器で鎮火させるイメージです。 

怒ってる方が困ってる

3つ目は、怒ってる方が困ってる説です。

きょうだい喧嘩などで、つい泣いている方を先に庇ってしまっていたのですが、怒っている側の方こそ先に話を聞くのが良いんじゃないかと思い接するようにしています。
どうしたらいいのか分からなくて、思いのやり場に困って、怒りという感情になっているんじゃないかという仮説です。

泣いてる方は泣く事でスッキリできたり、「泣く」という感情の発散が終われば、気持ちを切り替えやすい気がします。
「怒る」という感情は、発散しても痛みが伴ったり、怒りが膨らんでいくばかり。
かといって押し殺して消えるものでもないし、どう処理していいのか分からなくなる時があります。

スタートは愛

3つ目は大事にしたいものがあるから怒るという視点です。

先日、私が怒られた事で気がついたのですが、私は自分のことだけ考えて行動してしまっていたけど、それは危険な行動だったんです。
怒られたというか注意されただけなのですが、強い口調だったので「怒られた」と一瞬感じてしまったという表現が正しいかな?

相手も自分も大事にするための注意だった事を考えると、「愛」だなぁと思えて、注意を素直に受け取る事ができました。
「相手のためにも自分のためにも、次は〇〇しよう」と、超建設的な考えまで出来ました!やるやん、私!w
もちろん最初から素直に受け取れたわけじゃなくて「チェッ!」とか思いましたけどw

希望の光

この3つが繋がった事が、怒りとの付き合い方を変えられる希望の光のように感じました。
と言いつつ、分かっていてもいきなりはムリなので、3つの順番で考える。

1.相手の感情と私の感情は別。
 不快として受け取らない
2.怒りの炎は理論消化器で鎮火。 
 なんでだろう?は理論への入り口
3.スタートは愛じゃない?
 相手が大事にしてるものを知れる

次にくるイラっの時にもう一度試してみよう!

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私は二児の母でありボイストレーナーです。
声に関する発信をしています。
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