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Wings of Nightmares - Counterparts【和訳】

"それでもなお湧いてくる恐怖を取り去ってくれ"
"選ぶべき選択を取るその時の恐怖を"

- Title: Wings of Nightmares (2019)
- Lyrics: Brendan Murphy (Counterparts)
- Album: 6th Album "Nothing Left To Love" (2019)

 日本の1リスナーである筆者による、非公式の和訳です。


 「友達を作ると人間強度が下がる」という言葉がありますが、この歌詞を訳して思ったのはまさにそういった気持ちで、喪失を味わうくらいなら誰との関係も深めたくない、誰とも出会わなかったことにして終わりにしたい。そういった希死念慮にも近い逃避の感情が、この歌からは見え隠れします。

 また、恐らくですが、この曲の歌詞に至るまでには、過去曲から続くような流れのようなものがあります。「誰とも会いたくない」という主張は単独で出てきたものではなく、そこに至るまでに相手を尊重したり自分を責めたりとうとう関係を諦めたりといった様々なことがありました。
 そして歌い手はこの曲の歌詞において「近寄らないでくれ」と、過去の曲の流れが見えるような"「君」への拒絶"を示しながらも、どこかそれと全く正反対の本心を抱いており、その狭間で猛禽に貪られるかのように、本心は引き千切られ引き裂かれているように見受けられます。

 本人が考え抜いた上での選択であり、それが今取りうる最善だと分かっていても、それを選ぶ時に納得と笑顔をもって選択できるわけではありません。ボタンを押すその瞬間、怖気づき、気の触れるような感情の起伏を経験する。そのような決断の苦しみを表現した歌のように思います。


I'm clinging to the wings of nightmares
Detaching every finger one by one
Shaken awake
To find our absence hasn't manifested yet

悪夢の背中にしがみつく
自分の指をひとつずつ切り離していく
誰かに揺り起こされて
喪失は夢だったと気づく

Longing for a sense of loss
Picking me apart like birds of prey
Where illusions will depart from unhinged jaws

傍に誰もいない方が嬉しいんだ
猛禽の類に食い荒らされるように俺は引き千切られて
大きく開かれたその口から幻覚は飛び出す

Silent in the presence of your name
Rip the memory from my mind
Perfectly still, but somehow running out of time

君の名前を思い出しては沈黙する
どうかこの記憶を引き剥がしてくれ
時は止まっているはずなのに、時間が追いかけてくるんだ

Keep your distance
From the flowers that will decorate my corpse
Undeserving of a chance to watch them thrive

近寄らないでくれ
俺の死体を彩るだろう花々に
その咲き誇る姿さえ見ることなく目を閉じたい

Remove the sickness
Before it has a chance to run its course
I knew we'd never make it out alive

それでもなお湧いてくる恐怖を取り去ってくれ
選ぶべき選択を取るその時の恐怖を
俺たちはこれ以上どうすることもできないって
もう分かってるのに

Clairvoyant only to delusion
As you salvage fantasy to fit your needs
You held my lifeless body to your heart
And convinced yourself that you could feel a pulse

欺きだけが透けて見える
君は自身に必要な幻想を掬い上げるように
その心臓へと魂のない僕の体を抱き寄せた
そして僕の鼓動がまだ存在することを確認したんだ

Laying traps beneath my feet
I will chew through to the bone in my desire to be free
Rip the memory from my mind
Perfectly still, but somehow running out of time

俺は足元に罠を置いて
自由になりたい願いを胸に、その骨を噛み潰してしまいたい
どうかこの記憶を引き剥がしてくれ
時は止まっているはずなのに、時間に追われるんだ

Keep your distance
From the flowers that will decorate my corpse
Undeserving of a chance to watch them thrive

近寄らないでくれ
俺の死体を彩るだろう花々に
その咲き誇る姿を見ることなく目を閉じたい

Remove the sickness
Before it has a chance to run its course
I knew we'd never make it out alive

悪い気分を取り除いてくれ
あるがままにすることを拒むこの悪寒を
俺は知ってたんだ
俺たちが困難を乗り越えられないことを

Your shadow will keep me
Blinded by the light living in lies
Allowing fallen petals to turn black
Reflecting the colour of your insides

君の影は俺を支え続けるだろう
嘘の数々が放つ光は俺の目を眩ませる
落ちた花びらは黒に染まっていく
君の正体を映し出すように

Rip the memory from my mind
Hold my lifeless body to your heart
And convince yourself that you still feel a pulse

俺の心から記憶を引き剥がしてくれ
君の心に俺の魂のない体を抱き寄せてくれ
その鼓動がまだ続いていることを確かめてくれ

Rip the memory from my mind
Perfectly still, but somehow running out of time

記憶を引き剥がしてくれ
時は止まっているはずなのに、時間に追われるんだ


――――――――――――――――――――――――――――――――――



■「しがみつく」と「引き剥がす」の矛盾

 和訳前の冒頭にて「正反対の2つの本心が歌い手の内面を引き裂いている」という旨の記述をしましたが、歌詞においてこの根拠となる箇所がいきなり登場します。


I'm clinging to the wings of nightmares
Detaching every finger one by one
Shaken awake
To find our absence hasn't manifested yet

悪夢の背中にしがみつく
自分の指をひとつずつ切り離していく
誰かに揺り起こされて
喪失は夢だったと気づく

 一行目の歌詞については「(歌い手が)悪夢にしがみついている」という状態を示していると考えられます。clingは日本語で「しがみつく」の意味であり、さらに英英辞典を引くと「何かを保持し続けようとして、それをやめることを拒否すること」という意味が出てきます。一言で言うなら「固執」に近い状態がclingです。そして歌い手がしがみついている対象はwings of nightmare。文字通り「悪夢の翼」であり、空を無尽に飛び交う悪夢の背中に、歌い手が自らしがみついていると考えられます。
 では歌い手は「悪夢」を肯定的に捉えていて、傍にいたいと思っているから固執しているのか?
 結論から言うとそうではなく、むしろ「悪夢」を否定的に捉えている主張も見えます。二行目の歌詞は「(それにしがみついている)自分の指をひとつずつ切り離していく」といった歌詞になり、まるで、片手は勝手にしがみついているのに、もう片手はその手を止めようとして自身の指を千切ろうとさえしている。この時点で、歌い手の両の手はそれぞれ別の意思を持っていて、正反対の動作をしているように見受けられます。

 これだけでは僕の拡大した和訳であると思われるかもしれません。続けて根拠となる記載を述べると、まず上記の歌詞の三行目と四行目、「誰かに揺り起こされて喪失が夢だと気付く」という内容が、次の歌詞と合わせて重要になります。


Longing for a sense of loss
Picking me apart like birds of prey
Where illusions will depart from unhinged jaws

傍に誰もいない方が嬉しいんだ
猛禽の類に食い荒らされるように俺は引き千切られて
大きく開かれたその口から幻覚は飛び出す

 続く歌詞ではLonging for a sense of loss(喪失の感覚に憧れる)という歌詞となっており、前段の歌詞の内容を踏まえると「誰かが悪夢から揺り起こしてくれたのに、その誰かすらいなければよかったかのような心境」という流れが見えてきます。
 そしてこれには二つの意味が考えられます。ひとつは文面通り、歌い手は孤独を望んでおり誰も傍にいない状況を望んでいるということ。もう一つは、「誰か」が起こしてくれたから悪夢から醒めたのに、その誰かの存在を拒む、つまり歌い手は悪夢と知りながらその中に浸りたいと思っていた可能性が考えられます。

 そうした「悪夢から起こしてくれたのにその人を拒絶してしまう」「悪夢であるのにしがみついてしまう」といった行動からは、「悪夢」という言葉の持つネガティブさと歌い手の認識に差異があるように見受けられます。
 この一般的な認識と矛盾するような行動はどういった心境から来ているのか。それはコーラスの歌詞にて具体的に語られています。


Keep your distance
From the flowers that will decorate my corpse
Undeserving of a chance to watch them thrive

近寄らないでくれ
俺の死体を彩るだろう花々に
その咲き誇る姿さえ見ることなく目を閉じたい

 上記はコーラスの歌詞のうち半分となっています。
 まず、「俺の死体の周りにある花に近づかないでくれ」と言っており、これは単純に「俺に近づくな」と言っているのと同義と考えられます。そして歌い手は、この花が「咲き誇る(thrive)」姿でさえ「自分は見るに値しない(Undeserving of a chance to watch)」と言っていますが、ここからは「誰も近寄るな、そして既に近寄っている誰かにも関わることなく消えてしまいたい」といった孤独なままの消失を望むような、自死の願望に近い感情、誰も近付けたくないといった感情が読み取れます。
 ここまでは歌い手の心境として単純に理解できるものですが、重要なのは続く歌詞です。

Remove the sickness
Before it has a chance to run its course
I knew we'd never make it out alive

それでもなお湧いてくる恐怖を取り去ってくれ
選ぶべき選択を取るその時の恐怖を
俺たちはこれ以上どうすることもできないって
もう分かってるのに

 「自然に任せるその前に抱く嫌な気持ちを取り除いてくれ(Remove the sickness Before it has a chance to run its course)」「分かってる、俺達がそれを乗り越えられないことを(I knew we'd never make it out alive)」。
 この「自然に任せる(run its course)」がどういう意味かということについては考察の余地があるかと思いますが、個人的には「悪夢の翼から離れること」「孤独になること」「君と別れること」であると考えています。その根拠としてはここまでの内容や「俺達がそれを乗り越えられない(we'd never make it out alive)」といった歌詞より、歌い手は誰かと一緒にいても、重大な事象を一緒に乗り越えることはできないと考えていることがひとつあげられます。

 このようにコーラスの前半では「近寄るな」と強い言葉で言い放つ一方、後半では「それが最善だと分かっているのに、どうしても君と一緒にいることが辞められない」と言っています。
 この曲の歌詞単体で見た時、はじめてCounterpartsを知った人ならば、「どうして歌い手は、ここまで必死に"君"から離れようとするのだろう。本心で一緒にいたいと思っているなら、そうすればいいのに」と思うかもしれません。
 その通りで、離れようとしても離れたくない気持ちに揺らがされるくらいなら、そんな本心に従って「君」と一緒にい続けることは、歌い手にとって選択のひとつであると考えるのは自然です。
 しかしながら、過去のCounterpartsの楽曲をなぞった上でこの歌詞に辿り着いた自分としては、どうしても上記のような感想を素直に言うことはできません。それは歌い手自身が何度も考えた選択肢であり、その果てに「君」との別離が互いにとって最善だと導いた歌い手がいて、その最善を取ろうとする瞬間であるWings of Nightmaresにて、最善と分かっていてもやはり迷ってしまう、君という「悪夢」にしがみついて離れられない気持ちを抑えられずにいる……そういった、苦悩と葛藤の道すがらにこの楽曲が登場しているように見えてならないからです。


■強い言葉で拒絶しつつも、それを選べない苦しさ

 「自然に任せる(run its course)」の意味は「君と離れること」ではないか。悪夢とは「君」のことではないか。という推察と、その根拠としてこの楽曲単体の歌詞の流れがあると挙げました。
 そしてもう一つ、この歌詞をそう読み取れる理由として、Counterpartsの過去曲からの流れが挙げられます。

 ある種のメタ的な考察かもしれませんが、当楽曲Wings of NightmaresはCounterpartsの6thアルバムのファーストトラックです。そしてその前の5thアルバムのラストトラックであるYou're Not You Anymore。これらの歌詞を見ていくと、時系列的な繋がりがある気がしてきます。

Taking steps towards each other
We could end both our lives
(And that'd be fine)

互いのもとに歩み寄って、
互いの生涯を終わりにしよう
もうそれでいいじゃないか

Aim your sharpest arrow at the center of my chest
A memorial to signify the sense of helplessness
We dare not mourn our past lives, our loss will be reborn
I couldn't love who you were but you're not you anymore

僕の胸元をその切っ先で貫いてくれ
あの日々の記憶は無力感で埋め尽くされてる
かつての日々を悼む気なんて起きもしないで
この喪失はきっとまた蘇るんだ
僕はもう、君そのものを愛せない
君はかつての君ではなくなったんだから

 上記はYou're Not You Anymoreのラスト部分の歌詞です。
 この曲の歌い手は「もう終わりにしよう」「君はかつての君ではなくなった」と、まるで「君」をWings of Nightmaresにおける「悪夢」になってしまった存在であるかのように扱っています。「君」はかつては歌い手にとって大切なものだったのに、長い間共に過ごすにつれ、その愛情を深めると共に、とても無視できない違和感を膨らませていったのだと考えられます。
 Wings of Nightmares単体で見ると、youの存在は歌い手を苦しめるものにしか映らないかもしれません。しかし、歌い手はそのyouから離れることに葛藤を抱いており、本心が裂かれるような思いを経験しています。そして過去の楽曲から考えれば、そのyouはかつて彼が愛した人であり、一度は離れることを強く決心したものであり、そして今なおその愛情や未練からか、あるいは惰性や慣性、恐れや迷いからかその決断を実行することができずにいるのだと、歌い手自身の置かれている境遇がより鮮明に見えてきます。


Silent in the presence of your name
Rip the memory from my mind
Perfectly still, but somehow running out of time

君の名前を思い出しては沈黙する
どうかこの記憶を引き剥がしてくれ
時は止まっているはずなのに、時間が追いかけてくるんだ

 何度も葛藤し、遂に見つけ出した最善と思える答えでさえ、それを選ぶ瞬間には計り知れない感情の起伏を経験する。別れを切り出すことが最善と分かっていても、孤独を選べず、引き伸ばされた時間の中に浸ってしまう。そこから脱そうと藻掻いて、焦って時間に追われて、けれどどうしてもその選択ができない。そんなことを繰り返すうちに、現状から動かない時の中で、早く変わらなければならないという焦りに追いかけられる。どうか、かつての輝かしい記憶なんて忘れさせて、君の名前なんて一片も思い出せなくなって、君にしがみつくこの指を千切ってお別れにしたい。そう強く思うのに、一歩も進まない。夢から醒めれば、また君がいる。
 最善を選べない自分自身への焦りと困惑が、Wings of Nightmaresでは描写されているように思います。


 人はそう簡単に変われないとは言いますが、この曲で語られる葛藤は、そういった言葉で片付けられるレベルのものではないと思っています。
 もし過去曲の歌い手とこの曲の歌い手に関連があるとするならば、歌い手は「君」についてこれまで何度も思索を巡らし、今より良い状態になるために多くの手を尽くしてきました。そうして長い間考えた結果が、「もう終わりにすることが、互いの為だ」という結論なのです。今日昨日で出した一朝一夕の結論ではなく、長い時間熟成した思考と過ごした時間が導いた確かな彼自身の答えです。そして、そのような強固で経験や思考、事実に基づいた選択を取ろうとする歌い手でさえ、「それでも変われない、それでも選べない」というのが、この歌詞を視聴して最も苦しさを感じるところです。

 どれだけ理詰めの限りを尽くそうと、どれほどの理由と経験でその根拠を強固にしようと、それとは別の本心が存在して、理詰めと本心が対立してしまうならば、理詰めの結果「最善」と分かっている行動でさえ本心は切り裂かれてしまいます。
 生活あるいは精神的に困窮し、口減らしで我が子を見放す親のように。長い間一緒に活動してきた面々が、それぞれの夢のために別々の道へと旅立つ時のように。
 その先にある道が今より明るくなる可能性があると分かっていても、今ある輝きを手放すことや、ずっと持ってきた大切なものと別れることは、本心が悲鳴を上げて然るべきものです。それはどれだけ否定しても存在する感情であり、どれだけ理詰めや思索を巡らしても消滅してくれないということが往々にしてあります。そのように本心の中に願望を残したままの歌い手だから、こうしてタイムリミットや決断の時に、前進と拒絶の合間で身を裂かれるような苦しみを経験します。
 「どうして変われないのか」「ここまでやったのに」。「それでもやっぱりそんな決断は悲しい」。どれだけ納得しようと足掻いても、その本心が消えない上での決断は、悲しくもあり辛くもあり、まさしくこの楽曲の表現通り、慟哭を伴うものだと思うのです。


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 思えばYou're Not You Anymoreの歌詞の内容は今の「君」を否定し別れを切り出すものである一方、MVでは歌い手が「君無しでは生きられない」と言っており、この時点で歌詞とMVの情景が乖離している気がします。歌詞は自身の決断を後押しするための強い言葉であり、そちらも本心ではあるものの、MVで描かれる「君無しでは生きられない」と言った歌い手も本心であり、どちらも確かに存在する感情なのかもしれません。
 人の感情や思考は常に単一であるとは限りません。自分が何をしているのか分からない、何を求めているのか分からないと言った時には、二つ以上のジレンマやトレードオフの狭間に落ちている状態かもしれません。そしてそこから脱する時、本心のいずれかに嘘をつかないといけないのだとしたら、それはとても苦しくて、痛みを伴うものだと思うのです。
 ところで、歌い手はただ毎度の曲の中で似たような慟哭を重ねているだけではなく、その内容は都度都度変化していると思います。過去曲Compassでは自身を「方向を見失って回り続けるコンパスだ」と形容し方向を見定められない自身を嘆いていましたが、Wings of Nightmaresでは「どうするべきかは分かるがそれを選ぶことがどうしてもできない」といった、方向を見定めることができたという点で以前よりも前に進んでいるという解釈も可能です。方向が全く分からなくて決められない状態から、目指すべき方向だけは分かっているような状態へと遷移している。このように、一曲一曲の慟哭の内容の違いに目を向けてみると面白いなあ、と今回訳して思った次第です。


-訳について-


Longing for a sense of loss
Picking me apart like birds of prey
Where illusions will depart from unhinged jaws

傍に誰もいない方が嬉しいんだ
猛禽の類に食い荒らされるように俺は引き千切られて
大きく開かれたその口から幻覚は飛び出す

 birds of preyは「猛禽類」の意味で、猛禽とは鳥類の中でも他の動物を捕食する習性のある鳥の事を言います(鷹、鷲など)。
 個人的に思ったのは、このbirds of preyは曲名であるWings of Nightmares(悪夢の翼)と関連があるかもしれません。そう考えれば、「悪夢が鳥の如く翼を広げ、口を開けて歌い手の体を啄み貪っていく」といった情景になります。
 「君」という悪夢に本心をバラバラにされるような夢。そういった描写かもしれないな、とか思いながら訳しました。
 夢や幻覚の描写はYou're Not You AnymoreのMVとも関連するように思えます。「君」に槍を刺されたり、水に沈められたりとかが、「君」という悪夢にその身を啄まれる光景と似ています。なんか、夢とか鳥とか食われるとか、SCP-444-JPっぽくて戦慄する表現ですね。


Silent in the presence of your name
Rip the memory from my mind
Perfectly still, but somehow running out of time

君の名前を思い出しては沈黙する
どうかこの記憶を引き剥がしてくれ
時は止まっているはずなのに、時間が追いかけてくるんだ

 この歌詞、特にPerfectly still, ...の文章の訳に悩みました。perfectly stillとは「完全に~のまま」ということを示す副詞句ですが、これがまず何を修飾しているのかが難しいです。結果、かなりの意訳ですが、続く文somehow running of time(どうしてか時間に追われる)の対比がPerfect stillなのではないかと考えました。つまり、「時間に追われる」のに「時間が止まってままである」という歌い手自身の感覚を表現しているのではないか、ということです。
 かなり強引ですがこれ以外に良い訳が思い浮かびませんでした。「悪夢」から別れることが出来ないということは、歌い手は一度下した決断を実行することが出来ず、歌い手にとっての事態は進展していない=時が止まっているという心境なのではないかと考えました。そしてその一方で、歌い手は早く「悪夢」から別れなければならないと考えており、そこから強い焦りを覚え、「(何も進展していないと焦る気持ちで)時間に追いかけられる」といった感覚になっているのではないかと考えました。
 締め切りが迫る中、小一時間まっしろな原稿用紙に向かい合って、筆のひとつも進まない作家のような心境と例えられます。心当たりがありすぎる。


Keep your distance
From the flowers that will decorate my corpse
Undeserving of a chance to watch them thrive

近寄らないでくれ
俺の死体を彩るだろう花々に
その咲き誇る姿さえ見ることなく目を閉じたい

 既に記述しましたが、undeservingは「~に値しない」という意味であり、thriveは「繁栄する」という意味であることから、3行目は「(花々の)咲き誇る姿を見ることは自分には相応しくない」といった直訳になります。
 それを「目を閉じたい」と訳した理由としては、まずundeservingは歌い手の主観であり「意思」として表現すれば「(見たいけど)見たくない、自分は見るに値しない」と考えているということ。そして、歌い手の「今近くにいる人達の咲き誇る姿を見ることもなく(関係を深めることなく)ただ一人で安らかでいたい」というのは、まさに希死念慮に近く、「眠りたい」「目を閉じたい」という表現が合うだろうと考えました。
 個人的な経験として、死にたいと思う時は、よく言われる「誰にも迷惑をかけずに死んでくれ」という自殺の否定にあやかって、「誰の記憶からも消えて何の迷惑もかけず消えたい」などと考えてしまうものです。この英詞はそのあたりの心境が三行の歌詞と比喩という制約にもかかわらず正確に表現されているなと感心し、その部分をちゃんと希死念慮っぽく訳したいと思った次第です。



 以上となります。ありがとうございました。
 過去にCounterpartsの楽曲の和訳をしていますので、そちらも併せてご覧になると、より彼らの楽曲の世界観を深めるきっかけになるかもしれません。