エモーショナルな夜明けが見せてくれた音楽との未来
午前3時40分、目覚ましが鳴る。
子どもたちを起こさないようにそーっとベッドを抜け出した。2階の寝室からリビングまで忍び足で階段を降りる。
しん、と静まったリビングは主役不在のステージのようだ。眠気覚ましに淹れたコーヒーのコポコポコポという音が緊張を溶かしていく。
10分前。YouTubeから届いたメールを確認して、テレビ内蔵のアプリをオンにした。
「ELLEGARDEN_OFFICIAL はライブ配信中です」
ソファに浅く腰掛けて、ブランケットをそばに寄せた。まだ静止画の画面をドキドキしながら見つめていた。
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2020年8月28日(金)
日本時間 20:00
米西海岸時間 4:00
夜空の下、雑木林にランタンが灯った静かなロケーション。傍らには音楽機材と、パチパチと音がしそうな焚き火。その中で顔を見合うように座っているメンバーの姿があった。
自分が持つ記憶とは全然ちがう雰囲気に面食らってしまう。だって彼らはいつも熱狂の中にいた。小さなライブハウス、フェス会場のステージ。歌って、叫んで、煽って、それに応戦するのが私たちの役目だった。
4人とスタッフだけで構成された屋外のライブ会場。アコースティック編成。さまざまな状況を考慮し、念入りな計画の上に舞台が整ったと思うと、何だか泣けてくる。
一曲目に演奏された楽曲は「BBQ Riot Song」で、予想外の選曲に心が揺さぶられてしまった。記憶の中にあるエルレのライブはいつも「Supernova」で始まっていたから。
細美さんの喉が震えていた。
あぁ、緊張しているんだ…。
次に始まった「The Autumn Song」が、夏の終わりをそっと告げていた。
Summer time is gone
I miss it so much
(The Autumn Song)
一曲ごとに挟まれる4人の会話。笑ったり、茶化したり、懐かしんだり、思いに耽ったり、通常のライブならこんなふうに落ち着いてメンバー同士のやりとりを聞けることなんてないから、貴重で不思議な時間だった。
こうやって再び音楽を奏でるまでに、長い空白と深い葛藤があったはずだ。それはファンとして待つ側も同じだった。
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2018年5月10日。細美さんのブログに「ただいま」というタイトルの記事がアップされた。そこには一言だけ記されてあった。
全員笑顔にすっかんな:-)
活動再開のニュースに世界中のエルレファンが興奮と歓喜で渦巻く中、私自身は大いに胸を弾ませながらも、ある一つの悲しみに襲われていた。
「ライブに行けない」
私は今アメリカで暮らしている。それ自体はライブまでに時間的猶予があればどうとでもなった。
ただ、腕の中には生後一ヶ月にも満たない赤ちゃんがいた。
23週で生まれそうになったところを緊急手術によって救ってもらい、徹底した安静生活を過ごしてようやく36週で誕生した命だった。小さかった。
10年前だったら、どこに住んでいようと全身全霊をかけてチケット争奪に挑んだだろう。
今はもう土俵にすら上がれないのだ。大袈裟かもしれないけれど、私にとっては根幹の部分をごっそり削り取られたような、大きな失望を感じる出来事だった。
子どもはかわいい。かけがえのない存在。
でも、あの何も考えずにエルレのライブを楽しんでいた頃の自分はもうどこにもいないのだと思い知った。
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「ライブに行けない」
今年の夏、そういう悲しみの声を至るところから聞いた。まさかこんな地球規模のスケールで、音楽を生で聴く楽しみが奪われるとは思いもよらなかった。
やがて多くのアーティストがオンライン上のライブ配信でファンとの交流の場を持つようになる。
それはもしかしたら、本人たちや待っている人にとっては不本意かつ苦肉の策なのかもしれない。
しかし、生のライブは、心理的、身体的、物理的、金銭的、すべての要素が揃ってようやく楽しめる空間である。
彼らの音楽がどんなに好きでも、心、体、その他諸々の問題で足を運べない人たちはたくさんいるはずなのだ。
ライブハウスこそエルレの主戦場。誰よりもメンバーがそう望んでいるのも分かっている。
けれど、今回のライブ配信は、単純にウイルスによって奪われた時間の代替だけでなく、もっと広い意味で「ライブに行けない」悲しみを持つ人たちを包んでくれるものだったように思う。
私はたまたまエルレを通して体感しただけで、この夏、さまざまなアーティストがこうした場所を誕生させていたはずだ。
これは実際にライブを作っている人の講義を受けたときに聞いたのだが、オンライン配信は、リアルのライブと作り方がまったく異なるという。
ただ演奏しているのを撮ればいいわけではない。
音響、セット、カメラ、どちらかというとテレビ番組を作るのに近いため、現在のスタッフだけでは対応できずに、想像以上の苦悩と苦労があるらしい。もちろん投資金額も大きい。
にも関わらず、エルレのライブ配信は無料で行われた。スーパーチャットによる投げ銭制度こそ設けられていたものの、備考欄には無理をしないように、という旨がわざわざ書かれていた。
" 再会を楽しみにしてくれてたみんなへのご挨拶がしたかった "
" 楽しみをちょっと先送りにする分の埋め合わせが少しでも出来れば "
細美さんのブログにはそんな言葉が並んでいた。エルレはいつもファンを愛していて、ファンから愛されているバンドだ。
「あいつらのために何かやりたい」
きっとそんな思いを口にして、叶えるまでに努力してくれたのだろう。そう信じられるほどに、彼らへの信頼は変わっていなかった。
途中、演奏しながらドラムの高橋さんが涙ぐむ(本人はブログで否定)印象的なシーンがあった。多くのライブでも歌われている「虹」。
積み重ねた思い出とか
音を立てて崩れたって
僕らはまた
今日を記憶に変えていける
(虹)
泣いてるやん、なんてメンバーの突っ込みに対し、高橋さんは「いい曲だね」と言った。
そのシンプルな一言には、活動休止のあいだ、それぞれがどんな思いで音を鳴らしていたのか、こうやってまた一緒に音を作るのがどれほど尊いのか、いろんな感情が込められていた気がする。
多くのことを得て、多くのことを失った10年。
きっと元の日常に戻れば、多くのアーティストがライブハウスに帰っていく。それでも、オンライン配信という選択肢が一つ増えた事実は、ライブに多様性を生み出し、受け取る側の不自由さを取り払う希望になりえると思う。
だって、子どもがいても、うんと離れてても、時差があっても、同じ空間を楽しめた。嬉しかった。
最後に演奏された「金星」が、この夜の特別な空気を代弁してくれていた。歌声も、演奏も、いつのまにか夜空に馴染んでいて、ただただ美しかった。
ねぇ この夜が終わる頃 僕らも消えていく
そう思えば 僕にとって 大事なことなんて
いくつもないと思うんだ
(金星)
「思ってることは、言ったりやったりしたほうがいいですよ」
終盤で細美さんがそう語っていた。ファンへの思いが強いエルレだからこそ実現したライブ。
エルレのメッセージはいつもシンプルでまっすぐに届く。彼ら自身がそうやって生きているからだ。
このライブ配信と20万人との絆が、何よりそれを物語っていた。
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スタートから90分ちょっと。
時計の針は5時半を過ぎていた。
子どもたちがどうか起きませんようにと祈りながら、配信ライブを満喫した。
note仲間のまこさんと大麦こむぎちゃんと、終始Twitterでキャッキャしながら過ごした時間は、かつて友達とライブハウスに行ったときみたいな楽しさだった。エルレと同じ空間を生きていた、あの頃。
窓から見える空が白ずんでいた。どうせ眠れないだろうな、と思いながら長男がかぶっていた毛布に一緒にくるまった。すやすや安心して眠る顔を眺める。
思いがけず、涙がぼろぼろこぼれてきた。
自分でもワケがわからなくてびっくりした。
止まらないそれを拭いながら、頭の中でいつまでもエルレがいる情景を思い出していた。
🎤
ELLEGARDEN 2020 YouTube生配信
2020年8月28日(金)@猪苗代野外音楽堂
【セットリスト】
1. BBQ Riot Song
2. The Autumn Song
3. 虹
4. スターフィッシュ
5. Make A Wish
6. Salamander
7. Alternative Plan
8. Marry Me
9. Space Sonic
10. ジターバグ
11. 金星