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青年と段ボール板

自分は現在、とある片田舎に住んでいる。生まれ育った地でもある場所だ。
諸事情で離れていた時期もあったが、コロナ禍やその他の何やかんやのせいでこの地に戻り、再度離れるきっかけを失ったまま、現在も住み続けている。

治安は悪くないが、近所の目が少々うるさい。
都市部から移住するにはあまりおすすめできない場所だ。

そんな片田舎だが、近くに有名な観光地があるため、訪れる人は多い。
コロナ禍が明けて以降、インバウンドで訪れる外国人観光客の姿も大勢見かける様になった。
そんな観光客のなかでも、最近特に印象に残った青年がいる。

先日のこと。
本業を終え、副業のアルバイト先に向かって歩いていたところ、小脇に「日本一周」と書かれた段ボール板を抱える日本人青年を見かけた。
いわゆるヒッチハイカーというやつだ。

比較的高級志向の旅行客が多いこの片田舎において、あからさまに貧乏旅行だと分かる旅人を見かける機会は少ない。
格好つけた観光地に、不釣り合いな手書きの段ボール板。
彼の姿を見て、過去のある出来事を思い出した。


大学生の頃、小笠原諸島の父島に1週間滞在したことがある。
まだ若かった当時、一緒に宿泊していた旅の先輩方からすごく可愛がっていただいた。
いろんな場所に連れていっていただき、いろんな植物の名前を教えていただき、いろんな名物を奢っていただいた。
たった1週間。短い期間だったが、すべてが楽しかった。

そんな旅中のとある夜。
先輩方に島内の居酒屋とスナックに連れていっていただいた。
この日も例のごとく奢っていただいたのだが、その際に言われた印象的なひとことがある。

「奢った分のお返しはいらない。その分を将来関わる旅人に還元すること」

父島の記憶は年々薄れつつある。
だが、このひとことと、その日スナックで流れていた、山口百恵の『いい日旅立ち』は一生忘れることがないだろう。


あれから10年余り。
北は北海道、南は鹿児島。色んな場所に行ったが、先輩方が与えてくれた分の還元は出来ていないと思っている。
今回だって、結局件の青年には話しかけられずに終わってしまった。

だが、たくさんのものを与えてくれた旅や旅人に対し、何らかの形で還元したいという思いは捨てずに持ち続けたい。

そんな気持ちを呼び起こすきっかけとなった、青年ヒッチハイカーと、「日本一周」の文字が刻まれた段ボール板には、勝手に感謝している。

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