思っていた姿とは違うけど、30代って楽しい。
既婚者となると「子供は?」と聞かれ、「ああ、我が家は産みません」と答えると「どっちの意思で?」とまた質問が来る。
「向こう(=パートナー)も積極的にはほしくないと思うけど、私のほうが産みたくないです」と。
そうすると、「まだ仕事したい感じか。」って、当然にように続くけど、「いえ、一生です」と私はいつも答える。
別に今、仕事を頑張りたいから子供を産まない選択をしているわけではない。
私が描く未来に子供の存在はない、ただそれだけのことだ。既婚、未婚の選択肢が私の人生にはあったけど、子を産むという選択肢は無い、というだけのことだ。
相手がどこまで本気で受け止めているかは別として、子供がいる家庭が欲しくなったら、本当に申し訳ないけれど、その時は違うパートナーを選んでほしいと伝えている。(まあ、彼も積極的に子がいる家庭を持ちたい派ではないので、これまでそれが原因で真剣な話し合いになったことはないし、恐らくここ数年以内には無いだろう。)
以前、友人に言われたことがある。
子供よりも仕事とか一人が好きって感じではあるけど、絶対、あなた(実際は私の名前)なら家事と育児と仕事の両立、できるタイプだよね、と。
言いたいことはとてもよくわかる。無駄に責任感は強いし、要領は悪くないというか良いほうではあるので、できるかできないかで言えば、できると思う。まあ、実際の子育ては話に聞く何十倍も苦労だらけで、簡単に未経験者ができるなんて言うな!っていうのが通説なのは知っている。それを含めても、である。自分の睡眠時間を削ろうとも、たぶん少しどころではなく、かなり無理をしても大事だと思える存在のためなら、責任感から稼ぎを生みながら、家のこともどうにかすると思う。
ただ、それが幸せではないと私は言い切れる自信がある。そうまでして、育てられた子はきっと不幸せだ。なんていうか、育てることはできるが、その子を幸せにする自信はまったくないし、というのが本心か。
犬と一緒に暮らしていて思う。これ以上の時間を誰かに捧げるなんて無理だ、と。それがたとえ、腹を痛めた存在だとしても。
世間一般的に、人間の子供のほうが上で、ペットと言われる犬や猫が下に見られているのはわかる。頭では分かる。それなりに常識はあるつもりだ。
だけど、私からしたら、世の中にいるたくさんの誰かの子供たちより我が犬のほうが何倍も何十倍もかわいくて愛おしくて、最大級に愛すべき存在なのだ。
「我が子はアレルギーがあるから、ペット連れが平気でいるのがいやです」なんてネットの投稿を読んだことがある。言わんとすることは分かるが、その場がペットOKにしている以上は、納得してほしいと思ってしまった。だって、他にたくさんの選択肢があるなかで、わざわざアレルギーをもっていることを承知のうえで、ペットの共存が許されているスペースを利用しようとしている意味がよくわからない。ペット連れのほうがかなり行動圏内制限されておりますし、実際問題。
(ペット可という条件を加えるだけで何分の1にも選択肢が減るのに、わざわざペット飼育可能なマンションを買って、隣のペットの毛で我が子が!って叫んでいるとの同じじゃん。)
あなたの大事な子供より、こちとら、私の大事な息子(犬)がかわいいのです、って、私が言ったら怒るだろうけど、そもそものそちらの指摘も、そういう我が子が一番かわいい問題じゃないか。)
そんなことを思うくらいにはひねくれてもいるんだけど、とにもかくにも私の人生に子供の文字はない。
もう少し年齢が上がると違うのかなって、思わなくもないけど、これが不思議なもんで20代前半より格段に「絶対に産まない」派になっている。10代から20代前半までは、なんとなく、夫婦+2人の子供っていう家庭のイメージもなんとなく持てていた。
それが気づいたら、絶対嫌になった。選択肢としてありえなくなった。
そんな生き方があってもいいじゃないか。
別に仕事が理由ではなく(いや、まあ、仕事が原因で・・・って社会も問題だけども。)、普通に子供を持たない選択を選択肢として寛容できる社会であってくれるとすごい嬉しい。少子化が問題だっていうけれど、生まれた子供は生まれただけでは幸せにも真っ当な人間にはなれない。育てる過程こそが大事なのだがら、そこに責任を持てる人しか産むべきではないと、そこにフォーカスを当てないと、一生不幸な子の問題は残ると思いますけど、世間!って思う。
10代から20代にかけて、これから社会に出るぞってっ時に思っていたのは、ピンとまではいかないくらいのヒールに、カジュアルスーツ(最低限ジェケットはあるけど、上下セットのスーツではないような)に、ノートパソコンが入るくらいの肩掛けバッグで颯爽と歩く女性だった。
恐らく割と初期の頃から、営業職に就きたかった。
営業という大前提は変わらないけど、ヒールがついた靴なんてもう履かないだろう。あれ、誰が女性の正装にしたの?ってくらい動きにくいし、足にいじわるだよね。肩掛けトートなんかより、断然リュック派だ。もう、自分が心地よいのが一番。
なーんか思っていたかっこいい女性像ではないな〜って思うけど。
子供を産まない選択をしっかり声に出せる自分は嫌いじゃない。他の誰かの人間の子供より、我が家のかわいいかわいい犬が好きな自分も嫌いじゃない。
そんな人生が楽しい。
30代、楽しい。いや、年齢とはどうでもいいんだけど、なんていうか、色々生きやすいし自分の意見も持ちやすくなったし。
なんとなく思うのは自分の意思が強すぎるというかやはり頑固にはなってきつつあって、認めたくない意見は多くなった。その分、処世術というか人当たりの良さも学んできたので、ぶつかる前に回避する技もあったりする。そんなこんなも含めて、今までの人生がでてくる30代、楽しい。
あまり物欲がないので欲しいもの、そんなに我慢しなくていいし。
思い描いていた、なんか一般的な”THE幸せ”の形ではないけど、自分なりの幸せの形がわかってきた今、すごい、楽しいと思う。