2025年の抱負は、心と身体の協力関係を強固なものにする、です

トラウマケアが進み、身体感覚が強くなってきた頃のことを思い出していました。(noteで確認したところ、2022年)
まるで幽霊が肉体を得たような感覚でした。自分の体を自分のものだと感じられたのは、人生で初めてのことでした。

地を踏む足の裏の感覚の生々しさ。味覚の強さと奥行き。聴こえる音で感じる深度。この感覚を言葉で伝える術は持っていませんが、例えるなら、一色刷りの紙芝居が一足飛びにIMAXになった、くらいの変化です、

その時、「体を司るのは精神なんだ」とnoteの記事に書きました。今思い返すと、当時は、心と体はある意味で主従関係にあるというような理解だったと思います。その時はまだはっきりと認識していませんでしたが、体は心に従うもの、という意識があった気がしています。

それが昨年末、急な体調不良におそわれ、気絶するように眠ってしまったり頭痛で何も考えられなくなると、その逆もあることを改めて思い出しました。体が機能していないと、思考も活動もあっという間に遮断されてしまうというごく当たり前のことを、体感しました。

精神や思考の在るところ、宇宙のような脳は神秘的ですが、同時に、物質でもあります。その物質は、日々の愚直とも言える体の活動で保たれています。

気付かない内に体からの不調のサインを無視してついに倒れてしまった私は、そうなってから初めて、思いのままに体を使役する、奉仕させる、という長年のクセが抜けていないことを自覚しました。

被虐待児だった私は、当時、心を守る為に解離して体を虐待者に使わせるか、体を守る為に心を禁じるかのどちらかで生き延びてきました。心が体を使役するか、その逆か。それは自然に発生した生き延びる為のやり方でしたが、どちらも自分なのに互いを生贄に仕立て、搾取し合っていた格好です。(他者との共依存関係にすごく似ていますね。。)

いまだにその習慣の名残が私の中に存在していることに、ショックを受けました、、
心と身体をつい分けて考えるのも、きっと解離の後遺症なのでしょう。

前置きが長くなりましたが、、
今年の抱負はタイトルどおり、
「心と身体の協力関係を強固なものにする」です。
かつてのような一方が他方を利用するような関係ではなく、お互い向き合い協力し合う。そうして続けて行きながら、心と身体がただひとつの私に成っていけるように、そして健やかに前へ歩いていけるようにしたいと思います。

(まずは体の叫びに応え、年始からグルテン抜きを続けていますが、早くも心と体が軽やかになりつつあります。普通にしていると、心と体は同じものを喜ぶのだなあと、今更ながら目から鱗です。)