過去の治療歴と今
今お世話になっている臨床心理士の先生は、EMDRを採用している。この先生を紹介されるまで、EMDRというものは知らなかった。
2000年代の始め、ヨーロッパのある国に住んでいた際、サイコセラピーとヒプノセラピー(催眠療法)を試した事がある。母国語で話したかったので全て日本人の先生だったが、母数が少ないので、正直、人選について選択の余地はなかった。
サイコセラピーは、対話を通して、少しずつ角度を変えながら長年かけて克服していくので、毎回のセッションで過去に起きた事を事細かに話す。1人目の先生は年配の女性だったが、見習いということで少し価格が抑えられた。見習いのせいなのか、人柄のせいなのか、乱暴というか強引な印象の方だった。数回通い、「もう少し、ポジティブに考えられませんか?」と言われた時、別の先生に移行する事に決めた。ポジティブになれる能力があればセラピーは必要ないのに、何を言っているのだろう、と思った。良かった事は、過去に受けた暴力について多く話したので、この事を話す練習ができた事かもしれない。
次の先生とは、週一から隔週で、結局二年間会い続けた。やめたきっかけは、値上がりした事、それ以上に、過去の暴力を話す度に追体験するのが辛くなり、今思えば、治って元気になったフリをし、自分でもそう思い込んでいたのかもしれない。
その後、数年経ち、急性の鬱になり自殺しかけた際、やはり生きたいと思い、ヒプノセラピーを試す事にした。
ヒプノセラピーに惹かれたのは、深層心理に直接アクセスし考え方の癖を矯正するので、短期間で完了できるというところ。また、過去の体験を毎回話す必要がないので、精神的負担が少なそうなところだった。私の場合は、6回で終わりそうとのことだった。(今思うと、相当無理筋)
最初のセッションは、まるで覚えていない。ボールペンの揺れるのを見ている内に催眠状態となり、先生が手をパチンと鳴らして目覚めるまでの一時間、ただ眠っていたような気がする。先生が言うには、眠ってはいなかったそうだ。ただ、先程までの絶望的な憂鬱感が消え、肩コリも消え、ウキウキした爽快な気分になっていた。セッション後数時間は、あらかじめ聞いていた通り、簡単な計算も出来なくなった。一桁二桁の数字も、記憶出来なくなった。何も記憶がなく、眠っている感覚だけのセッションを三回終え、少し浅い催眠状態にしてインタラクティブな治療に移行する事になった。それからは、まったく催眠状態に入れず、早い話、半分寝たフリをした状態だった。催眠状態に入れないと言ったが、先生は、私が分からないだけで催眠状態にあると言う。たまたま入り込めなかったのかもと通ったが、もう二回、寝たフリのセッションは続いた。私が催眠状態にあると言い張る先生に、私はもはやそれを言えなかった。そして、六回が終わった後、「あなたの傷は思いの外深かったので、あと二回以上通うように」と言われ、この治療に見込みがないと判断した私は、あとは自分の力で頑張ります、と言い、終了となった。
これらの経験から、セラピーや心理療法について、大きな期待をしなくなっていた。効いていないのに、したり顔で効いていると言う催眠療法士の顔が嫌だった。暴力を受けた話を聞く時の、悲しげに眉を寄せた泣きそうな顔のセラピストの顔が嫌だった。その顔は、私と私の人生を、余計みじめにした。
月日は流れ、今の先生との初めてのセッションで、私の履歴をかいつまんで話し終えた。淡々と聞きメモを取っていた。幼い記憶にある父親に、夜急に外へ走りに連れ出され、真っ暗闇の中怖くて置いていかれないよう必死に走ってついて行った話をしたところ、彼が言った一言が良かった。
「うわ、アスペっぽい!」
私はその瞬間、この先生が好きになった。今まで重く暗くのしかかっていた父親の記憶が、この短く軽い一言で、無力化されたように感じたのだ。本当に名言だと思っている。この一言だけで、私の父親を批判し、私の側に立ち、父親の異常性を際立たせ、かつ気持ちを軽くする。この先生を信頼し、お世話になる事に決めた瞬間だった。