(十六)夢の中にはもう一つの幻想がある
雨があんまり長く降り続くので、海面が上昇してうちのベランダを越えてくる。波の上に透明な海百合がぽっこり顔を出していた。ガラス玉みたいで、あんまりきれいなのでiPhoneで写真を撮る。やがて水面は天井まで届く。
寝ていたら、玄関チャイムの音。居留守をしていたのに、がちゃがちゃと音がして扉が開く。またジロウが鍵をかけ忘れていったのだろうか。寝てるのに、寝ていてこんなに体が動かないのに、誰かが勝手に入ってきてしまうではないか。
ドアを開けたのはSだった。赤い自転車を持ってきている。ジロウのだ。
「ジロウさんの? 自転車? ほら、1階に置いておくと? 下のうちの窓のところに日が反射して? 赤ちゃんが熱くなっちゃって? 可哀想だから?」
Sのしゃべり口調は、全部語尾が上がるのでうっとうしい。ああ、ごめんなさい、ジロウにも言っておきますから、と自転車を受け取る。
明け方帰ってきたジロウに、「鍵はちゃんと閉めておいてよね」と言ってまた寝る。眠りはこちらの世界の目覚めなのだ。
※この物語はフィクションであり、実在する人物や団体、地名などとは関係ありません。
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