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洞窟の影 #12

「加藤君ってさ、何かどっか他人ごとに聞こえるんだよね。うまく伝わらないかもしれないけど分かってくれるかな?」
 村上が垂らした糸はところどころ切れそうで耐久性に問題がありそうな細い糸だったが、地上に引き戻してくれる一縷の望みをしっかりと握りしめた。村上の言っていることは面白いほど理解できた。どちらかというと彼女がこんな質問を神妙な面持ちで投げかけてくる方が理解しがたかった。僕は文章の意味を考えず、それっぽい言葉をつなぎ合わせて話した。
「正直付き合うってどういうことかよくわかってないんだ。今まで誰とも付き合ったことないしさ」
 僕は何かフォーマットに当てはめるかの様にぽつりと話し続けた。
「受験生だからデートもいけないけど二人でいる時間は俺は間違いなく楽しいよ」
 家庭科室は無臭になった気がした。同じ部屋にずっといるから鼻が慣れたのか、僕には気付けない他のにおいが漂っているのかのいずれかだと考えた。
「分かった、今はまだ我慢だね。こうやって一緒にいられるだけでも楽しいし」
全く意味のないセリフを村上は自分よがりに解釈し、無理やり飲み込んだ。顎を引き、吐き出しそうになるのを必死に堪えているように見えた。多分、彼女自身も何か抱えたもやもやとした気持ちを共有し、少しでも解消しようとして話し始めた訳ではないと推測した。実際に僕は恋愛経験がなく、村上を満足させられる術もほとんど持ち合わせていない。このことも彼女の理想に支障をきたしているのだろう。ただその事よりも、当てはめられたカップル像にうんざりしていた。経験の乏しさを補うために自由な発想で行動して、自分の思うカップル像のオリジナルを探しているはずだった。しかし、手足はきつく縛られ狭い範囲で恋愛をさせられていた。そのおかげで解決できる問題しか起こり得ないが、誰かの代役を演じている感覚を払拭できずにいた。

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