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洞窟の影 #11

つまりここには僕は存在しなくなった。家庭科室で行われる青春群像劇のワンシーンで本当の僕は遠い場所からこそばゆい気持ちで見ていた。他の観客は固唾を飲んで見守り、次の展開の予想や好き勝手な感想を傍若無人に話していた。唾を飛ばし合う観客が下す劇への評価は、遠目で眺める僕の評価に直結し、行動の範囲を窮屈に縛りつけた。そのギャランティーとして形がバラバラでかりそめな快楽を得て、何とか体をもたせて生活し次の出演に備えた。今ここで思案を巡らせている演技も次のセリフへの分かりやすい布石でしかなかった。
「でも村上は友達が多くて羨ましいよ、いっつも違う誰かと一緒にいるイメージ」
「えー、そうかな」
「そうじゃない?」
「そんなことないよ」
「そう?よく見るよ」
「たまたまじゃない?」
「そんなもんかなー」
「そうだと思う。それに一緒にいて楽しいってなる友達は少ないし。こうやって本音を話せる人って本当に大事なんだなって最近すごく思うの」
 彼女は砂利の中から砂金を探す作業をしているかのようにちまちまと弁当の具材をつつきながら後半は少し小さな声で話した。観客が沸き立っている気がした。
「もちろん、俺も大切だと思う。村上といると余計なことまで話しそうになるから逆に気を付けないとって思うぐらい」
一度も思ったことがない。噛み合わせの悪い二人の会話はどれだけ香り高く、噛みしめたい話題であっても長く続ければただの苦痛でしかなくストレスを強く感じた。その上味のしない空虚な会話の場合だと尚更で、それはもう拷問に近かった。
「ありがとう、嬉しい。でも時々みんなに心配されるんだ。二人はうまくいってるのかって」
家庭科室特有のくぐもったにおいがやけに鼻に付いた。落ち切らず蓄積された油汚れが辺りに悪臭を発しており、今まで気にしていなかった自分を疑いたくなる程だった。
「そっか、でも俺ら二人が楽しかったらいいんじゃない?俺は村上といて楽しいよ」
 もし言葉にもにおいがあったとしたら窮地に立たされていただろう。自分でも鼻をつまみたくなる発言は彼女も同様に刺激した。ただ彼女にとっては病みつきになる刺激だったし、そのはずだった。そんな村上は僕の想定に反し下唇を突き出しながら話した。
「そうですかー」
 眉毛を少し上へ吊り上げさらに表情豊かになった。明らかに含みを込めた言い方をしている。気が付かないふりをするには厳しい状況であり、何か言葉を発そう探し求めるとどんどん深くへと沈んで行き、息苦しくなる感覚があった。バタバタと足を動かしていると何かが僕に触れた。

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