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チンチン電車と合気道

昨晩は合気道の稽古でした。
天王寺をターミナルとするチンチン電車(阪堺電気軌道上町線)を一駅南下した阿倍野駅の近くで稽古をしています。
あまりに近い一駅なので稽古のためにこのチンチン電車に乗ったことはありません。

今から30年ほど前、勤めていたゼネコンの社宅が沿線にありこのチンチン電車で通勤しました。
朝から晩まで人を乗せて走る一両仕立てのチンチン電車には季節で変わりゆく大阪の町が危ないほどに密着しており、ある意味大阪の下町の風情を伝えてくれます。

公道も走るチンチン電車は赤信号では車と共に止まり、青信号になると車と共に走り出します。
そんな当たり前をチンチン電車は毎日休むことなく繰り返します。

私たちの行う合気道は、ほかの武道や習い事と同様に毎日繰り返し稽古することが理想です。
しかし、普通の社会人である私たちにそんなことは許されません。
週に一度許された時間に稽古に来る皆さんにはそれなりの覚悟があっての事だと私は思っています。

初心者ばかりでスタートした道場はなかなか思うように成長してくれませんでした。
私は合気道が好きで『寝ても覚めても合気道』の時期を経験しています。
個人個人によって合気道に対する思いが違うのです。
それでいいと思うのですが、級、段と登っていくにはそれなりの関門を通過してもらわなければなりません。

この年末までに迎える審査で昇段を目指す後期高齢者前後の方がいらっしゃいます。
このお二人が対象的でお一人はご自宅で身体を動かして技を考えてくる、お一人は道場の時間だけでなんとかなる、そんな考えをずっとお持ちのようでした。
30代の昇段を目指す若者に対して私が厳しく口と身体で指導するのがその方に対しての指導だと、昨晩やっと気が付いてくれたようです。

個性や体力、身体能力があります。
それに加えて残された人生に付加価値を与えるための趣味としての合気道を自身の生活に加える覚悟が必要です。
やるならば楽しく稽古をしてもらい、「ああ、今日は稽古出来てよかった」と、身体と心で喜んでもらいたいのです。

気付き、自身で稽古を始めればもう大丈夫です。
どんな習い事でも、仕事でも学生の勉強でも同じでしょう。
気付き、自身で動き出さなければ本物ではありません。
そこまでのきっかけや過程が大切だと思います。

毎日当たり前に走るチンチン電車のように、それこそ普通に生活をするように合気道の稽古を続けたいと思います。

これまで私が授かったものすべてを道場で伝え、残すことがここまで合気道を続けて来た私の義務であり、使命だと思っています。

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