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人の年齢のこと

「若い頃は....」なんて書き出しをすれば、歳を取った証拠だと思っていたし、今もそう思っている。

私は子どもの頃から童顔と言われ、年齢なりに見られたためしがなかった。愛知県から母の故郷山形県に帰る国鉄乗車のために、小学校に上がった兄は母に無理矢理幼稚園の制服を着させられて乗車賃をごまかした。年子の私は翌年私服でいても車掌のとがめは無かった。
二十歳を過ぎても激しい飲み方に店の人間にたしなめられたことが何度もある。童顔は弱々しく見えるのか、よく絡まれ喧嘩に巻き込まれることもあった。飲み屋の女性からは、やはりかなり若く見られたようで子ども扱いされることも度々あり、そのくせまったく酔わないことを面白がって飲ませてもらうこともよくあった。

でも、いつも嫌な思いをしていたのである。たいていの男は若い頃、私と同じ気持ちを持つと思う。年齢不相応に若く見られることを喜ぶ男は少ないと思う。

しかし、これが高齢者予備軍に足を突っ込む今となって、逆の思いをしている。髪が同年代より白くなり、そればかりではないのかも知れないが、時々年齢以上に見られるようになった。いつからだろうと考えると、どうも還暦を迎えたあたりのような気がしないでもない。
しかし、還暦は暦が一巡して元に戻る、いわばリセットと考えるならば何か違うような気がする。ただただ、現実を受け入れるしかないと思う今日この頃なのである。

ヘッダーの写真はたまたま、自室の整理の最中に出てきたもの。瀬戸内の犬島から巨大な岩を切り出して、安土桃山城に模したある学校の新設資料館の城壁に張りつけたのである。運搬途中に一部割れるまでは、大阪城に現存する日本一大きい蛸石よりもデカかった。国道事務所にも警察にも事前に相談したが、いずれも重量オーバーで却下され、仕方なく頬かぶりして深夜大型トレーラーで搬送したのである。その伴走時の写真である。

日付は本物である。1997年4月22日、ゼネコンで営業をやっていた。まだ37歳、本当に元気だった。進行道路を運送業者と慎重に選び、雨の深夜に時速10キロほどで走らせ、各橋梁は更にゆっくり渡り、早い早朝に北摂の現地に到着した。
そこまでが私の仕事、当日はそのまま京橋の駅前の立ち食いそば屋によって普通に会社に行っていた。たぶん、その晩も酒を飲んで帰ったと思う。

とにかく元気だった。
朝まで酒を飲み、朝まで自宅でアナログの資料作りをして会社に向かうことも少なくなかった。何かに憑かれたかのように仕事をしている時期であった。
だから、この年齢になって身体にガタが来たと考えればいいのかも知れない。

自宅で徹夜をして電車に乗って女子高生に席を譲られた。飲み屋でどう見ても私より年上の女性に「70代でしょ」と言われた。
まあ、どうでもいいかな。とそんな経験をしてからは開き直っている。どうも最近、疲れを顔や身体全体から発しているんじゃないかと思っている。

歳を取って、よかったと思えることもある。
なんだか物事の流れやその先が分かるようになって、すべてに寛容になれたことである。腹が立たないようになった。イライラすることもなくなってきた。
合気道の稽古も変わってきた。長年の酷使で膝は爆発寸前である。同じくらい稽古を続けてきた男のほとんどが今、膝に爆弾を抱えながら稽古している。今、力に頼る稽古はしなくなってきた。これが本来の合気道なのかなと思ったりする。
大げさだが人生観も変わってきたように思う。兄に障害を負わせて出生させ悔やみ続けた母の人生をそのまま受け入れる事ができるようになった。それが母の人生だったんだと。そして、今、施設暮らしをする兄もこれでよかったんだと思えるようになった。今更誰かを恨んだって、兄の今は決して変わることはない。世の中には実にさまざまな人生がある。なるようにしかならない人生がある。たくさんの人と付き合いをしてきてそう思えるようになったのである。

歳を取るとは、歳取った自分をそのまま感じることで、当たり前に全てを受け入れることができるようになることかと最近思うようになった。
でも、決してこのことは諦めとは違う。いつか必ず来る自分の死を受け入れることと同じように思う最近なのである。


おまけ
『京都西山竹あかり』 ~幻想夜2024~ 
現在は善峯寺で開催中です。自動車にての交通手段しか無いのに多くの方に足を運んでいただいています。

放置竹林整備の大切さと竹の良さを知ってもらうために文化庁連携プラットホームの主催で開催しています。善峯寺、大歳神社、柳谷観音楊谷寺、光明寺と場所を変えて12月まで続きます。
琴の演奏もありますよ ♪
天然記念物となっている『遊龍松』、横になっているのが松ですよ。副住職と日頃世話をしている林造園さんの対談の時間がありました。
善峯寺から見える京都市内、真ん中の小さな塔らしきものが『京都タワー』です。青い灯赤い灯が誘っているようでしたが、私はまっすぐ帰りました。

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