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餃子とともにいきる その第五回

1985年昭和60年、私たちは大学を卒業し、それぞれの道を歩き出した。
ゼネコンに就職した私の赴任地は、初めての大阪であった。
東京から故郷豊橋を通り過ぎ、大阪に向かう新幹線の車窓から見える豊橋の町並みは妙に新鮮だったのを憶えている。

一週間の大阪支店での研修のあと、配属先の京都営業所の事務主任が私を迎えに来てくれた。
人買いに連れていかれるように京阪電車に乗り込み、降りたのは藤森駅、これまた生まれて初めての京都で初めて知った街は藤森だった。
京都の南に位置する伏見区、田畑が住宅地へと開発されていった街である。
テレビで見たことのあった古都京都とはあまりにも違い、事務主任にした初めての質問は「ここは京都ですか?」であった。

上司とのケンカののち、私は事務職と決別し営業の世界に入っていった。
それまでの現場事務で素敵な所長、主任に何人も出会った。

その中の一人、初めての建築現場の所長の話である。

伏見区よりももっと南、大阪との府境に近い町での大手電気メーカー研修所の新築工事現場が初めての私の現場であった。
所長は大阪の工業高校出身の私より二回り年上の先輩だった。
おおらかな社風のゼネコンで、学歴は関係なく仕事の出来る人間を正当に評価できる会社だった。
仕事はよく出来たが酒を飲むと少しだらしなくなる大先輩だった。
五時を過ぎると現場事務所の扉を私に締めさせて、私を話し相手にしてビールの栓を抜くのが日課になっていた。
一時間ほどして順次仕事が終わった人間から事務所でビールを飲み、酒を飲み、それから事務処理を始め、図面を描き、みな夜遅くまで仕事をした。

所長室でビールの開栓をする前につまみを用意するのも私の仕事だった。
地元のスーパーに行き、揚げたてのコロッケをいつも山ほど買って帰るのだが、ある日総菜の餃子をこれもまた山ほど買って帰った。
その時、所長はしみじみと餃子って美味いよなぁ、と言う。

所長は工業高校を卒業し、入社して初めて餃子を食べたそうである。
初給料の日、先輩に寮の近くの中華屋に連れて行ってもらい初めてそこで食べたそうである。
「世の中にこんなに美味いものがあるのか」と思ったと言った。
そしてしばらく毎夕、餃子を食べていたと言っていた。
『餃子がごちそう』そんな時代が家庭によればあったのである。

実は数年後にこの所長と大ゲンカをして営業職に移ったのだが、社会人の何たるかは、この所長に一番薫陶を受け、教わったと思っている。
しかしながら、ケンカの原因は酒だったのである。

そして、不思議なことがあった。
このゼネコンを辞めたずっと後である。
平日に休み、めったにないのだが風邪を引いて寝ていた。
そうすると家内が申し訳なさそうに、お客さんが来ていると言う。

誰かと思えば、30年ぶりに会った所長の息子さんだった。
年賀状を見ていて私の住所を知っていて、仕事の途中に寄ってくれたと言う。
所長が認知症だと聞いた。
もう息子さんのことも分からず、施設にいるとのことだった。
息子さんはその昔、私が自宅に伺ったことをよく覚えてくれていて、当時のお父さんの会社の仲間が輝いて格好良く見えたと言った。
私も含めてだと言った。
息子さんが尋ねて来てくれたのが不思議だった。

私は体調も悪く、短く話を切って息子さんとは再会の約束をしたのだが会っていない。
その後、私もいろんなことがあり、思い出すたびに出鼻をくじかれることがあり、約束は果たしてない。
そして、先に所長の訃報がやって来た。
密葬で済ませてしまったとの連絡だった。
ひょっとしたら何か相談事でもあったのではないかと今も思う。

近いうちに会って話を聞きたい、その時には所長から聞いた餃子の話を必ずしたいと思っている。



今回のシリーズで実は今回の五回目が一番手が進みませんでした。
社会人になってからたくさんの餃子を食べています。
それもいろんな人と食べています。
それとともに楽しい思い出も、苦い思い出もあります。

バブルがあり、崩壊し、会社は壊れ、転職し、ことあるたびに自分が強くなっていくのがわかりました。
温かかった社会の雰囲気は徐々に冷め、氷河期に入り続けているようにも思います。
すべてを知る私たちの世代は徐々に慣れてきたからいいです。
今の若者たちでも強いやつはどの時代でも生きていくでしょう。
でもそうでないやつらに手をさし伸べることのなくなった時代、そんなことが出来なくなった今の時代、過去にこんなに楽しいことがあったよ、なんて軽い話は子どもっぽくて出来はしません。
それこそ餃子に叱られてしまいます。

餃子にまつわる仕事の話をよく吟味していずれまた登場させます。
餃子は私に元気を与え、勇気も与えてくれました。
ですから餃子への恩返しです。

餃子ラブ、また登場させます。
ありがとうございました。

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