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超!乳力者戦記 刃のトーコ

 衣替えも近付く季節、お昼休み。第二校舎裏だった・・・その空間は天地共にセピア色に染まり、全くの無風になっていた。
 そんな中、私の目の前で空間が青く煌めいたかと思うと、虚空に現れた巨大な水の槍が奇怪な人型に叩きつけられる。
 しかし、その人型は複雑な軌道を腕で描き、瞬間、半球状の障壁が展開されて巨杭の如き水槍の大部分が棹を避け流れ行く川のように逸らされてしまった。

 それは全身が古樹のような色をしている。成人男性の倍ほどの身長で基本的な体型もそれに準じているが、肘から先が四本あり、それぞれが短い。
 人に非ざるモノであることを、否が応にも主張している。

 そしてその怪物の後ろには、同様の障壁に包まれ、横たわっている私の親友、ゆきゆきこと柚木崎優樹菜ゆきざきゆきな
 はだけたその胸元には、光を一切感じさせない、漆黒の孔が空いていた。

「はぁっ!!」
 先程水槍を放った主……転校生の蝶崎潮音ちょうざきしおねさんが攻撃を逸らされることを見越していたように軽々と跳躍し、至近距離で再度水槍を打ち込まんとする。だが、怪物がその二対の掌で上下あべこべに合掌すると、障壁が破裂し彼女の身を弾き飛ばした。

 怪物の前方の地面が、爆撃を受けたように抉れ飛ぶ。

 更には怪物の背中側から棘が盛り上がり、一瞬の後発射され斜め上左右から潮音さんに、そしてこちらに、猛烈な勢いで押し寄せる。
 それを潮音さんは空中で羽根のように体勢を立て直し、小さな水球を生じさせた掌で逸らし対応する。一方、こちらに着弾しそうになった棘は私の目の前で何かに阻まれ、弾かれた先で爆ぜるのだった。

「くっ……チカラが通らない……」
「相性が最悪なのです……潮音のチカラは”アレ”の障壁で受け流されて……減衰されてしまっているのです」
 私の目の前に着地した潮音さんが膝を突きながらそう漏らすと、もう一人の少女が応じる。彼女こそが先程私を守ってくれた障壁の主であり、今も立ちはだかり、両腕を前に突き出していた。

「かと言って、ヒナが一緒に攻撃しても、通用するかどうか……」
「こうなれば……」
 少女……ヒナさんは悔しげに歯噛みするが、一方で潮音さんはその言葉と共に再び立ち上がる。

「バスト・オン……!」
「潮音!?」
 潮音さんが、静かに力を込めて呟く。ヒナさんが、驚愕して叫ぶ。

――そして……私は……私に……」

 途中から言葉にし始めた声がかすれる。目の前の出来事が非現実的すぎて、声が出せない。だが、重ねてもう一度言う。潮音さんの声に、負けないように。

「私にも、手伝わせて!」
 一瞬の沈黙。ヒナさんはぽかんとしていた。だが、潮音さんは得心したように頷き、険しい顔を幾分緩め、口を開く。

「分かったわ。貴方の乳力チカラ、引き出してあげる」
 その制服の胸元は大きく開いている。

――私は、全ての発端である今朝のホームルームを思い出していた。

ωωω

「珍しい時期だが、転校生だ。蝶崎さん、中へ」
 まだ眠気の残る朝のホームルーム。少し遅れてきた担任……尾田まさお先生の紹介に応じてクラスの皆と共に私、葉倉刀子はくらとうこも顔を上げる。すると、それを計ったように教室の戸が開いた。
 そこから出現したのは、うちの学校の制服であるセーラー服に包まれたバスケットボールよりなお大きな球体。

 服に「包まれた」。と言うより、服を「引っ掛けた」。と言う方が正しいかもしれない。

 それほど規格外の大きな胸に続くようにして、紛うことなき美女……美少女ではない。美女だ……の顔貌が、肢体が、姿を表す。
 少し細めで目尻の下がった目は長い睫毛に飾られ、瞳は青みがかるほど澄んだ黒。鼻は高すぎないでいて、すっきりと通った鼻筋が見事だ。自然な微笑みを浮かべた唇は化粧もしていないのに自然と艷やかに赤い。
 肩に掛かる程度の髪は軽く内側へ流れ、ほっそりとした顔かたちを柔らかい印象に変えている。
 身長は平均程度だが、姿勢がいい。全体的な印象に反して、運動か何かをしているのだろうか。手足は筋肉質とまでは言わないが華奢ではない。

 ほう、と、思わずといった風情のため息がクラスの其処此処で漏れる。

「綺麗な子だねー」と、隣の親友、ゆきゆきがひそひそと話しかけてくる。確かにそうだ。が、そこじゃないんじゃないか?
「いや、その、胸……」
 そう言う気持ちを込めて、私は端的にそう呟くと、ん? とゆきゆきは一瞬思案して、「ああ、トーコちゃんは今日もいいお胸だよね!」
 ナドと好い笑顔でのたまう。軽くサムズアップなどしながら。
「でもトーコちゃん、あんまりその胸……」
 一転、心配そうに私を見つめるゆきゆきに、いや、まあ、あはは。と曖昧に頷きながら、私自身の無駄に大きなそれを抱きかかえる。

「皆さん、初めまして。蝶崎潮音です。皆さんと仲良くなれるのが、楽しみです」
 そうこうしているうちに一段高くなった教壇に立った潮音さんは澄んだ声でそう言う。
「仕事の都合があり、もしかしたらまたすぐお別れをするかもしれませんが、よろしくお願いします」
 そして一礼すると、それに合わせて、ゆさ、と重たげに胸が揺れた。
 ……が、いつも軽薄なことばかり言う人気者グループの男子らも、コソコソ湿っぽいことを言い交わす女子らも、真横に立っている尾田先生(32歳独身)すらも何も反応せず、クラス中から拍手がわき起こる。

 もしかして、私以外あの胸に気付いてないのか?

 拍手も忘れ、有り得ないことを考えていると、潮音さんは一秒にも満たない時間だけ私を見つめた。

 パチ、パチ、パチと、拍手三回分。

 睨めつけるわけでも、しかし友好的でもない、一瞥。

「じゃあ、とりあえず一番後ろの余った席に座ってもらおうか」
 尾田先生のその言葉に応じて教壇を降りるまで、ずいぶんと長い気がしたのだった。

ωωω

 その眼差しが焼き付いて上の空のまま、午前課を終えて昼休み。
 今日はお弁当の用意をしなかったので、ゆきゆきと購買部へ向かってた。
「何食べようか」
「私はアレ。からあげドック」
「レモン乗ったやつ」
 などと話しながら、教室から購買部のある棟まで歩く。

 そんなときだった。
「あれ……すげえ……」
「ああ……胸……」
 ほんの小さな声だが、その声は私の耳に届く。聞きたくもないのに。

「顔がな……ブスじゃないけど……」
「ちょっとキツめなんだよな……」

 それは出会う全員というわけではない。
 それは表立って言われるわけではない。
 ……あるいは、この雑踏の中、気にし過ぎの幻聴かもしれない。

 だが、私の胸部に、見えない針のようなものが、刺さる気がした。

「トーコちゃん……」
「ん、平気」
 横のゆきゆきもそれに気付き、さり気なく前に立ち男子を睨みつける。
 朝のおどけたセリフも、私がポジティブに感じられるようにしてくれてるんだよね。
 そのまま渡り廊下を通り、購買部の前まで私達はたどり着く。

「刀子さん……でしたよね」
 そこには、潮音さんが居た。

「お昼前だけれど、少しお時間いいかしら」
「えっ……はい」
 壁に背を預け腕を組んだことで突き出されるような形になったものに目を奪われながら、私はなんとかそう返す。私達が教室を出たときには、まだクラスメイトに囲まれていたと思うのだが。

「あの、わたしもいいかな。ともだちになりたいなって……」
 それに気付いてか気付かずか、ゆきゆきが控えめに申し出る。
「御免なさい。今度の機会でいいかしら。ね」
「……はい。トーコちゃんは預けます」
 しかし、潮音さんが掌を一振りすると、ゆきゆきは反論することもなくそう言って購買部へと入っていった。

 ……ふざけてる?
 一瞬そんなことを考えるが、ゆきゆきが今、ここでそんなことをする理由はない。

「ちょ……ゆきゆき……うわっ!?」
 そして昼ご飯争奪戦の群衆に彼女が消えると同時に、私は潮音さんに手を引かれ、抵抗できぬままどこかへ引っ張られていく。方向的には……第二校舎棟へと。

ωωω

 訳がわからない。という気持ちはいや増しに増していた。

 少なくない生徒とすれ違ったが、引っ張られて揺れる私の胸に反応する人はいても、潮音さんのそれに反応する人は居なかったのだ。導かれるまま、改めて彼女を観察する。いわば(自分で言うのは烏滸がましいのだが)私の胸がグラビアアイドルサイズだとしたら、潮音さんのはちょっとした記録とかの類いだ。
 だが太っているかといえばそんなことはなく、上衣が捲れ上がり見えてしまっている白いブラウス越しのウエストなどはキュッと引き締まって見える。羨ましい。

「貴方、やはり私の胸を”認識”できるのね」
 その視線に気づいたのか、潮音さんは呟く。
「認識……も何も、見ちゃうでしょ……そりゃ」
 見て欲しいと欲しくないとに拘わらず。

 そう言う間に、予想通り、私達は小さな広場状になった第二校舎裏のスペースにたどり着く。

「さて、話は単刀直入に行くわね。貴方、素質があるわ」
 はあ? という気持ちを込めて、怪訝そうに傾けた顔を向ける。
「薄々気付いているかもしれないけれど、私のこの胸は認識阻害で普通は"こうあるものだと"気付かれないの。……不本意ながら」
「不本意? 認識? 素質って? そもそも目的は何?」
 私は堰を切ったかのように疑問を口にしまくる。
「……何より、ゆきゆきに何をしたの、さっき……!」
 そして、それは次第に怒りに変わっていた。

「潮音!」
 切羽詰まった声が響いたのは、そんな時だった。

ωωω

「”実”が落ちてくる気配なのです。今、すぐにも」
「分かっているわ。だから、ここにいる」
「ならなぜ部外者が!」
 と、突然現れた少女……制服はうちの学校のものだが、小さい。が、胸はかなり大きい……が指差すのは私の方。人を指差してはいけない。

「素質があるからよ。仲間は増やさないと」
「けーかく段階としてヒナの把握してるのと全然違うのです!! これだから天才は!!」
「照れるわ」
「嫌味なのです!」
「あの、何の話……」
 本当に地団駄を踏む人物を初めて見た。そのコントにすっかり毒気を抜かれた私は、再度おずおずと尋ねる。

「あ、あー、大変申し訳ありませんです。ここにすぐ危険な……動物? が来ますので、すぐに教室に……」
 という彼女の手つきはなぜか上の膨らんだ細長いものの形を描く。
「もう遅いわ。結界の準備を」
「誰のせいと……!」
「……彼女、私の認識阻害を零秒で破壊したわ」
「なっ……」
 な、なに?
 絶句し私を茫然と眺める彼女の様子に反射的に恐縮する。

 その時、その後ろの虚空に黒いヒビが現れ、瞬きの間に拡大して中心に木の実が生じた。

「なにあれ」
 ふと呟いた私の言葉に、引っ張られる様に二人が振り返る。

「結界用意」
「っ! 遮断開始するのです。あなたは、ヒナの後ろに」
 ヒナさんはそう言うと、私より頭一つ近く小さな彼女は前に進み出て豊かな胸に手を当て、それを地面に叩きつけた。
 瞬間、何かが広がったかと思うと、私を、潮音さんを、そして木の実を包み込む障壁が視えるようになった。
 それを通すと何もかもが色あせ、セピア色に世界が染まる。私達とその木の実を除いて。

「なに、これ」
 しかし、それは少しだけ間違っていた。黒いヒビを挟んださらに向こうから、ゆきゆきが不意に顔を出したのだ。

ωωω

「ゆきゆき!?」
「トーコちゃん!? それと、潮音さん」
「そんな、もう暗示が解けたというの」
 潮音さんが初めて余裕の表情を崩して言う。その間も急速に広がる結界は止まらず、ゆきゆきまでを巻き込んでようやく止まる。
 向こう側は私たちが来た方向とは逆だから、第二校舎をぐるっと回って探してきたのだろうか。

「あなた! こちらへ!」
 と潮音さんは叫ぶように言うが、それよりも早く、木の実が猛烈な勢いでゆきゆきの胸を貫いた。

「きゃあっ!」
 ゆきゆきの叫び声が響く。
「ゆき……優樹菜!」
「駄目! 大丈夫だから、必ず助けるから、今は堪えてです!」
 走り出しそうになる私を、潮音さんとヒナさんが抱き留めて抑える。

「さっきからなんなの! 変なことして、ゆきゆきを弄んで!」
「御免なさい。話を聞かれるわけにはいかなかったから、遠ざけようと思って人除けの暗示をかけたのだけれど、お友達って言われたから……半端に暗示を弱くしてしまったのかもしれないわ……」
 噛みつかんばかりに言い募る私に向けて今にも壊れそうなほどの様子で潮音さんはそう言う。それをみて、私は言葉をつまらせてしまった。

「発芽、するです」
 そして、ヒナさんが緊張した様子でそう呟く。ゆきゆきの胸から直接に芽が生え、若木となり、それがぐんぐんと伸びる。そして……

「樹……?」
 第一印象はそう見えた。
 形を成したそれは急速に色付き或いは”枯れ落ち”、葉も何も無い樹木のようなそれが蠢き、ねじくれ、ほどけるように枝が腕となる。

「アレがどこから来るのかは分かっていない。名前も仮に種の怪物とか、ナッツ・ワンとか、そう呼ばれてるだけ。ただ、私たちのチカラで対抗できることは分かっている」
 潮音さんが言い聞かせるように呟く。
 怪物に足が生じ、なんとなく人型に見え始めたと思ったら、ひたりと地面に降り立ちその跡のゆきゆきの胸にはぽっかり穴が開く。見たところ血などは出ていないが、ピクリとも動かない様子に心配するなという方が無理な注文だ。

「アレに対抗するチカラの片鱗を、あなたに感じたの。手伝ってほしい。アレは広がっているから。でも、まずは柚木崎さんを助けてから。本当に御免なさい」
 潮音さんは腕の力を緩め、もう落ち着いた私を離して前に進み出る。

「信じて」
 言うと共に、彼女は制服の前ボタンを全て開け放った。

ωωω

 そして時は巻き戻る。

「ヒナさん、一分時間を頂戴」
「おまかせなのです!」
 そう言うなり向き直った潮音さんと、私は対面する形になる。セーラー服とブラウスの前はすべて開け放たれているが、中にはブラではなく水着のようなものを着ていて、何故か安心した。

「私達はこれを超乳力ちょうにゅうりょく、あるいは単に乳力チカラと呼んでいるわ」
 潮音さんは私をその深い湖のような瞳でまっすぐ見つめ、手を彼女自身の胸に置く。すると、そこに曲線的な光の文様が浮かび上がり、なんの抵抗も無く手首まで全部潜り込んでしまった。

「そして、これがその源」
 私が驚く暇もなく手を引き抜くと、そこには透き通ったクリスタル球が握られていた。よく見ると薄白色に色付いている。その事に気付いたのが合図だったかのように、それがひとりでに半分に割れた。
 今度こそ声に出さず私は驚く。明らかにそれは物理的におかしい割れ方で、綺麗に真半分になっているのだ。

「ゆっくり乳力を育てることは出来るのだけど、今はそうも言っていられないから……ちょっとくすぐったいわよ」
 その一つを空いていた片手で摘み取ると、そのまま私の胸に無造作に突き込んだ。

「えっ……」
 抵抗する間もなく、ひんやりとした潮音さんの手が私に中に入っていく。異物感はなかった。次第に熱くなるそれは、身体の中に太陽が現れたみたいだった。
 気付かぬうちに、潮音さんの手は引き抜かれ、目の前に少し疲れた様子の顔がある。
「”私の”半分だから、大切にしてね。あくまで、それは、誘い水だけど」
 瞬間、私の胸の奥が爆発した。ような気がした。

ωωω

「そろそろ限界なのです!」
 ヒナさんの切迫した声が響く。しかし私はそれどころではなかった。

「ふ、服が!」
 そう言う私の上半身の服が、光と共に吹き飛んでしまっていた。外気の冷たさ以上にほぼ上半身に何も纏っていない事実が心細さを助長する。

「大丈夫。まずは落ち着いて」
「こんな格好じゃちっとも落ち着けないよ!?」
 再び余裕綽々の潮音さんに、咄嗟に腕で胸を隠しながら大きな声でツッコんでしまう。
 その間に怪物はにじりにじりとこちらへ歩み始め、棘のミサイルを投射した!

「いい、乳力の基本の壱は念動力。胸と、身体と、身に付けている”必要なもの”全てを持ち上げるの」
 着弾寸前、そう言って潮音さんは私の手を握り嘘のように軽々とその攻撃を避ける。私の乳力が導かれ、使われたことが直感的に分かった。そして同時に、引き寄せられた服の切れ端が撚り集まり、光とともにそれがビキニトップに変わった。

 うん?

「あれ……? 元の制服は……?」
「そして基本の弐は変換力。さあ、それを着けて!」
「ちょっ! 答えてくれない!?」
「すみませんです! 貴方の着ていた衣服じゃないとダメなので堪えて下さい。予算で弁償はするですから!」
 ヒナさんの言葉でどうやら言ってもしょうが無い気配を感じ、私はヤケになってそれを引っ掴み急いで装着する。憎たらしいくらいジャストサイズだ。

「最後、それらを束ねる基本の参は、具現化力。さっきみたいに胸に手を当てて、あれを倒す物を精神に思い浮かべて」
 私の胸にも、文様が輝く。そして目に入るのは、怪物とその後ろのゆきゆき。怪物がこちらに近付いた分だけ、ゆきゆきからは離れる。
「これなら、思いっきりやれるね」
 私の手は、胸の奥から巨大な機械を掴み出していた。

ωωω

「ほう……」
「すごい……のです……」
 全体の長さは1m程。ボックス状の本体は赤色で、ところどころ青いラインが走り、それから持ち手とチェーン刃が伸びている。その板のようになった場所……刀で言えば地の部分には、銘か何かなのか、刺々しい字体で【PULVERIZER】と書かれていた。

 それはつまり、チェーンソーだった。

 フロントハンドルを握った途端勝手に始動し、刃が猛烈な勢いで回転し始める。
「っく、限界なのです! 障壁解除!」
 そしてヒナさんがそう悲鳴を上げると、最後の棘弾を辛うじて弾いた障壁が空気に溶けるように消え失せた。それを好機と見たか……はたして知性があるかは分からないが……怪物はより激しくぐしゃりぐしゃりと足音を響かせてこちらへと近づいてくる。

 だが、それこそ此方の好機。私はよくわからない熱い気持ちに突き動かされ、鳴き叫ぶチェーンソーを横薙ぎに構えて怪物へと歩き始める。
「なっ! 危ないのです!」
「バックアップするわよ」
 二人が何事か言う。関係ない。

「ゆきゆきを、返せええええええ!!」
 私は機械を大きく振りかぶり、真正面に叩きつける。案の定怪物は障壁を展開するが、刃は膨大な火花を上げながらそれを削り、削り、削る!
 ヒナさんの障壁も棘弾を多数喰らえば崩壊した。つまりこの障壁も攻撃し続ければ割れるという最高に頭の良い戦術だ。

「なんで弾かれないのです!?」
「弾かれてはいるわ。弾かれたそばから、次の刃がぶつかって、また次の刃が障壁を壊すの」
 怪物が腕を引き絞り、横あいから叩きつけようとする。が。
「させると思って?」
 私の後ろから精密に突き出された蒼銀の槍が、それを迎撃して根元から切り落とす。
 そして、ついに限界を迎えた障壁が粉々に砕け散った。

 キョオォォォォォー! オオ、オオオオオオオー!

 反作用でブレードが少し跳ねると同時に、風が枯れ枝を吹き抜ける様な悲鳴を怪物が発する。その瞬間激しい吐き気を覚えていると、急速に怪物の腕と背中が盛り上がり全身を棘弾が覆った。
「早く、速く倒す!」
 そう気持ちだけは前に行くが、悲鳴で竦んだ全身がうまく動かない。私と潮音さんはあまりにも近すぎる。
「なら、こう。なのです――」
 しかし、そこでヒナさんの可愛いらしい声が響く。
「――力が無いなら、力が込められる前に」
 極小の障壁が棘弾の頂点を空間に固定し、発射を妨げたのだ。

「さあ!」
「今!」

「砕け散れ! 化物!」

 私のチェーンソーが、化物を両断した。 

ωωω

「あれ……トーコちゃん?」
「ゆきゆき? ゆきゆき? 胸痛く無い? 頭とかボーとしない?」
「だ、大丈夫だよう。なんでここで寝てたの私……?」

 私は泣きそうになりながら、ゆきゆきに抱きついていた。
 化物は両断された後、風化する様に消え失せ、その後結界を解くと抉れた地面やばらまかれた棘弾まで綺麗さっぱり元に戻っていた。
 厳密に言えば、あの空間は残っていてヒナさんたちが事後調査するらしい。ヒナさんは既に何処かへ消えていた。

「ていうか潮音さんと……なんて格好してるの!? だ、だめだよそんなはしたない格好しちゃ! また男子の目がおかしくなるよ!!」
「あら? この胸は人々を守る力だし隠すことはなにもないわ。許されるならさらけ出してしまいたいくらい」
「それはまずいでしょ……」
「そうね……だから、服は、着るわ」
 わあすごく渋々感。じゃなくて。

「ごめん、ゆきゆき。起きて早々なんだけど……教室からジャージ持ってきて。理由はちょっと、長くなりそうだけど」

 こうして、私達と奇妙な転校生は、騒がしく出会ったのだった。

【終わり】

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むつぎはじめ
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