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村上春樹『風の歌を聴け』



出会ったのは五月の終わりだった。なぜか、村上春樹を読みたいと思った。そのままブックオフの110円コーナーでそれを買い、その日に読んだ。

『完璧な文章などといったものは存在しない、完璧な絶望が存在しないようにね。』

村上春樹 風の歌を聴け 始めの一文

驚いた。たったいま、完璧な文章はないと否定されたばかりなのに、この文章が完璧な文章だと思った。
最初の一文というのは、立ち読みしている読者を引き込むために存在する、と誰かが言っていた。僕はまんまとその鼠取りに引っかかってしまったらしい。慌てて抜け出そうとしたが、作品の魅力から逃れるには、もう遅かった。

ハルキストになりたくない。と言う思いがずっと胸の中にあった。理由はろくな奴がいないとか、変な人が多いとか、そういうのもあるのだけれど、一番の理由は中学の同級生にある。僕の同級生は所謂ハルキストで、どの作品がおすすめか、と聞けば無難にノルウェイの森かな、と話すような人だった。内容を知った今、よく中学でこんなものが読めたものだと驚いている。

そいつと僕は、多分うまが合わなかったんだと思う。彼の言動に少しの違和感だとか、胡散臭さを覚えたりしたし、たびたび、彼の鼻につく態度に憤りを感じたりもした。僕は本能で彼のことを嫌っていた気は少しする(だから彼に勧められたノルウェイの森をいちばん初めに読まなかったのだが)。その流れで、彼の好きな作家村上春樹が食わず嫌いになったのではないか、というのがいまの僕の仮説である。

何よりも僕の心を動かしたのは、作中に、現実の人間が作った曲が出てくるところだった。僕は、周りの人間よりかは音楽が好きだから、少しでも知っている曲が出てくると嬉しくてたまらない。わからない曲は、かけながら読むようにした。そうすると、自分が一つの映画を観ているようで、情景がありありと頭に浮かんでくるのが嬉しかった。

作品でよく出てくるのがビーチボーイズの『California girl』という曲。舞台は広島なのだが、読後にそれを知った僕は、完全にアメリカ風の街並みを想像してしまっていた。それだけ昔のアメリカの匂いが、この小説からは香った。

僕は読後に解説動画・記事を見る癖がある。自分の中のよくわからない部分をスッキリさせておきたいから。ただこの作品は、読後初めて、わからないところも含めて面白いんじゃないかと思った作品だった。
結局、解説・解釈動画をYouTubeで観たが、素晴らしい解説があったのでぜひ紹介させて欲しい。様々な辻褄が合っていて、閲覧中に思わず「たしかに!」と声をあげてしまった。(↓)

このあと、僕はノルウェイの森と海辺のカフカを読んだ。けれど、この『風の歌を聴け』を読んだときの衝撃は忘れられないと思う。各章のどこかしらに胸に突き刺さる文章があった、非常にハイカロリーな小説だった。

「いい本」というのは読書前と後で自分の価値観や考え方を変えてしまう本だという。どうやらこの本は、僕にとっての「いい本」の一つになるらしい。

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