見出し画像

今こそ読むべきイスラエルの実態とユダヤ人の未来~シルヴァン・シペル『イスラエルvs.ユダヤ人:中東版「アパルトヘイト」とハイテク軍事産業 』


2022年1月刊(明石書店)

この10月7日のパレスチナ組織ハマースによるイスラエル奇襲以来続く、同国によるパレスチナ人大量虐殺の中、昨年翻訳版が日本でも出たこの著作は、イスラエルという国の実態と世界のユダヤ人たちのそれへの態度・対応を考えるのに、非常に参考になる良著であった。
著者はユダヤ系フランス人で、仏大手紙「ル・モンド」の記者としてNY特派員・国際報道部副部長・副編集長などを歴任後、現在はフリージャーナリスト。また、若い時期には青年団活動やエルサレム大学留学などで約12年間イスラエルでも暮らしている。そしてこの著作のプロローグでも触れられているが、著者の父親は、現在のウクライナ西部(ポーランド国境付近)で生まれ、その後ナチスによるホロコーストを逃れてフランスに移住~戦後は熱心なシオニスト活動家として在仏ユダヤ人社会で生きて来た人物。

この著作の前半で明らかにされるイスラエル軍によるパレスチナ人の「軍事支配」~それは軍隊による弾圧・支配でパレスチナ人に「恐怖と無力感」を植え付けるためのもので、特に犯罪等の嫌疑がなくともいきなりパレスチナ人の家屋等に踏み込み、内部を破壊・蹂躙し人権など顧みない蛮行を繰り返していく。そして、そうした「軍事行動」に新人の軍人を「慣れさせる」ことで若いイスラエル軍人たちの人権感覚・まともな価値観を麻痺させていく手法。これは、かつての帝国主義国による苛烈な植民地支配と瓜二つでもあり、イスラエルがまさに「植民地支配的手法」によってパレスチナの地に領土を拡げて行った行程がよく表れている。
そして1948年の建国宣言以来、究極的には「ユダヤ人だけの純血国家」を目指して国造りをしてきた道筋が2018年「ユダヤ国民国家法」に結実していく。そこにあるのは、パレスチナ人(アラブ人)を二級国民として蔑む「ユダヤ第一主義」であり、ここ数年でそうした排外主義的風潮はイスラエル内でますます激しくなっている。そしてナチスによるユダヤ人絶滅計画をイスラム教と結び付けるとんでもない歴史捏造言説の拡散や、「ナチスは正しかった。ただ排除する相手を間違えていただけだ。」という言説。こうして、全てのベクトルは反ユダヤ主義などを軽々超越して「反イスラム・反アラブ主義」に収斂していく。

また、イスラエルが軍事先端技術開発で突出していることは世界に知られているが、それはパレスチナ人自治区(ガザ地区・ヨルダン川西岸地区)への攻撃・諜報活動で様々に開発してきた兵器類の「試用」が可能で、そうした実験・実績によって精度が保証された武器・軍事技術・偵察技術などが世界の、特に「強権的非民主主義諸国」にほとんど規制なく売買され拡散していく様は、イスラエルという国がいかに危うい存在であるかを如実に証明している。

この著作では、そうしたイスラエルの「反民主主義的&極右排外主義的側面」が近年国際的・国内的にも危険水域を超えて増長し、それがもはやイスラエル国籍のユダヤ人たちにとっても危険な状況になっていることを詳細に描き出す。そしてそれらの「公安国家・警察国家」としてのイスラエルに対して、イスラエル以外に暮らす世界のユダヤ人たちが危機感を抱いてイスラエル批判に転じる者が少なからず出て来ている状況。ただ、それは多様なユダヤ教徒を擁する米国などに限られた話で、フランスのユダヤ人社会は今もイスラエル批判をする者は極少数派。閉じられた貝の殻は決して開かない。

今や「パレスチナ人とユダヤ人の二国家共存」が絵に描いた餅のように非現実的でしかなくなった状況で、この著者のようにユダヤ人でありながら「反イスラエル」の議論を世界に提示するジャーナリストは非常に貴重である。

しかし、現在のネタニヤフ政権による異常としか言いようがないガザへの空爆・繰り返される一般住民虐殺を目の当たりにしていると、彼らはこれを機に一挙に「ガザ地区完全制圧とパレスチナ人排除~この地のイスラエル化」を目指しているとしか思えない。こうした暴挙をこれまでの数十年間、ある時は耳目に蓋をし、ある時はスルーして「沈黙という名の容認」をしてきたのが欧米先進諸国でもあったことを忘れてはならない。

<付記>この著作には、最初と最後に中東問題に精通する放送大学名誉教授:高橋和夫氏の解説が付いている。それが格好のガイダンスになっている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?