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真顔に戻るエレベーター

会社員時代に、取引先の人とよく商談を行っていた。会社にはエレベーターがついており、出迎えと見送りをよくしていた。

最初の頃は、どんな表情をつくればいいのか、僕はいつも迷いがちだった。だから、同席する先輩や上司の表情を観察していた。

エレベーターの扉が開くまで、彼らはずっと真顔だった。感情が表情にあらわれる気配は微塵も感じられない。僕はそれに倣い、無表情を保った。

エレベーターの階数をしめすランプが、僕たちがいる階まできた。少ししてから扉が開き、中から取引先の人が降りてくる。

その瞬間、先輩と上司の表情は一変し、満面の笑みで取引先の人を出迎えた。それこそ、顔中の表情筋を限界まで使っているんじゃないかって思えるほどに。僕はといえば、とてもぎこちない笑顔になっていたと思う。

見送るときはその逆だった。エレベーターに乗り込んだ取引先と、扉が閉まる少しの間だけ挨拶を交わす。もちろん、これでもかというほどの笑顔で。

扉が閉まり、取引先の顔が見えなくなった途端、上司と先輩の顔は真顔に戻った。「これが営業スマイルというものか」と、当時は感心した覚えがある。

と同時に、「こういうのは僕には向いていないな」と思ったのも忘れていない。営業スマイルが上手な人は、きっと営業という職種に向いている人なんだと思う。

あの日訪れた取引先の人も僕らと同様に、エレベーターのなかでは真顔に戻っていたに違いない。

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