金の国・渡部おにぎり&ママタルト・大鶴肥満 ”渡部と肥満の300kg食堂” の話
生涯孤独死が確定している私のような人間にとって、他人様がつくってくだすった料理をいただく機会はふつうに生きているかぎり、ない。
「外食すれば」と言われればそれまでだが、飲食店の手の込んだ料理というよりもむしろ、素朴で家庭的な料理が食べたいと泣く夜もある。
だから、好きな芸人の手作り料理を食べられるイベントが告知されたときは迷った。
生涯孤独死確定で友人もない私がこのようなイベントにひとり乗り込むのは正直、憚られた。
総じてお笑いファンというものは女性が多いので、私のような人間は浮くにちがいない。
「お笑い好きをこじらせてやってきた場違いな中年男性」などと後ろ指をさされるにちがいない。
それでも、気づけばチケットをおさえてあったのは、「ママタルト大鶴肥満のお手製ピッツァが食べられるかもしれない」と期待に心躍らせたからだ。
2022年8月22日(月)、京王井の頭線・明大前駅に私は降り立った。
イベントの開始時刻までウロウロしていると、見覚えのある看板が目に留まった。
まーごめドキュメンタリー”まーごめ180キロ”にも登場したマクドナルドである。
明治大学といえば大鶴肥満の母校、明大前といえば大鶴肥満の聖地であることを忘れていた。
にわかに大鶴肥満の霊圧を感じ、背筋が伸びる思いがした。
19時20分、イベント会場であるCafe Bar LIVREに入店した。
案の定、参加者のほとんどは女性だったが、私のほかにも男性客が1~2人あったので安心した。
「いらっしゃいませ~!」と、入り口付近の厨房から、当たり前のように主催の渡部おにぎり君が出迎えてくれたのでビビった。
R-1ぐらんぷり2022ファイナリストである。
キングオブコント2022準決勝進出者である。
甚兵衛にねじり鉢巻き姿が堂に入ったおにぎり君はコントの登場人物のようで、さながら居酒屋コントの世界に迷い込んだようで嬉しかった。
店の奥に進むと、狭い店内に不釣り合いな巨躯が出迎えてくれた。
コック帽に上半身はコックコート、下半身は半ズボンという珍妙な出で立ちの大鶴肥満その人である。
体重180キロの大鶴肥満に座られている椅子はお菓子のアポロくらい小さく、いまにも壊れそうに見えた。
週に2本配信されるママタルトのネットラジオに生かされ、ママタルトが出演するテレビ番組やネット番組はかならずチェックしている自分にとって、生かつ近距離で目撃する大鶴肥満はあまりに眩しく、あまりにデカかった。
レストランの店先によくいる”そういう人形”だと思うことでどうにか緊張を抑え込んだ私は、いちばん奥まった場所に置かれたソファーに座った。
19時30分、イベントがはじまった。
まずは飲み放題の飲み物を注文するということだったが、生ビール、レモンサワー、ウーロンハイなどのメニューが書かれたホワイトボードはすぐにナチュラル畜生・大鶴肥満の手によって裏返しにされてしまったので、私たち客は暗記を強いられた。
「とりあえず生かな」などと考えていたら、ふつうに大鶴肥満がオーダーを取りに来たので笑ってしまった。
けっして広くはないバースペースの通路を180キロの店員がやってきた時点でイベント参加料の6,000円の元が取れた気がした。
自分が店長だったら、こんな巨漢のバイトは絶対雇わない。
全員で12人程度の客のオーダーをみずからも暗記することで誠意を見せたあと、大鶴肥満が自分でドリンクをつくりはじめたのでさらに笑ってしまった。
いくらなんでも大鶴肥満の負担がデカすぎる。
でも、おにぎり君は厨房で突き出しかなにかをつくっているようなので、仕方ないのかもしれない。
労基に通報すべきか迷いながら大鶴肥満の一挙手一投足を見守っていると、大鶴肥満は自分がつくったドリンクを自分で配膳しはじめた。
大鶴肥満が酷使されすぎている。
しかし、大鶴肥満は「これ、桜蘭高校ホスト部のやり方ね。こうすれば静かにグラスを置ける」と早口で説明しながら、小指を立てた状態でグラスをテーブルに置いていった。
私の席にも生ビールが運ばれてきた。
ビールサーバーのレバーを奥に倒すと泡だけが注げることを知らない大鶴肥満が注いだビールは泡だらけだった。
乾杯する前に写真を撮らなかったことを後悔するくらいに泡だらけだった。
でもグラスは冷えていたし、好きな芸人さんが注いでくれたビールは格別美味しかった。
やがて一品目の”魚肉ソーセージとアボカド”が運ばれてきた。
おにぎり君いわく、わさびが隠し味である由。
酒が進み、二杯目のビールを頼んだ。
つづいて”味しみ大根”をいただいた。
実家の母親を思い出す素朴な味がした。
「たまには連絡しようかな」と思って、連絡しなかった。
私たちが料理をいただいているあいだ、大鶴肥満は場を盛り上げようと軽快なトークでつないでくれた。
”300キロ食堂”というイベント名称について、本当は肥満180キロ、おにぎり108キロなので嘘だという話、おにぎり君側の努力不足だという話。
社会人時代に勤めていた某塾の悪口などが飛び出した。
嫌いな知り合いがその塾に勤めている私はほくそ笑んだ。
また、カウンター席に座る女子大生ふたり組の通う大学を特定しようと躍起になる大鶴肥満が通報されないか心配だった。
いよいよ大鶴肥満が厨房に立つときがきた。
180キロの大鶴肥満が狭い厨房に立つと、もう誰もうしろを通れなかった。
やはりこんなバイトは雇わない、と確信した。
大鶴肥満が料理をつくっているあいだ、「きょうはどうして来てくださったんですか?」と、渡部おにぎり君が話しかけてくれた。
かつて金の国がやっていたGERAのラジオ番組で、相方の桃沢君がリスナーの俳句を講評するというコーナーをやっていて、採用されたはいいものの酷評された辛い過去をもつ私は拳をギュッと固めたが、「悪いのは桃沢君なんだ、おにぎり君は悪くない」と思ってグッとこらえた。
なんとか笑顔を浮かべて、「ママタルトのファンなので来ました。もしかしたらピザが食べられるかもしれないと思って」と答えた。
厨房の大鶴肥満から、「先に言っとく。ごめんな」と返事があった。
大鶴肥満といえば、オズワルド伊藤、蛙亭イワクラ、森本サイダーが暮らすシェアハウスの追加メンバーオーディションに、「ピザ窯をもっているのでピザが焼けます」の一点張りで合格したことで有名である。
その後、シェアハウスの近況を取材したシンパイ賞での”まーごめ旋風”は記憶に新しい。
水曜日のダウンタウンでの活躍も、すべて肥満ピザからはじまったと言っても過言ではない。
だから、大鶴肥満のピザが食べられないと知って悲しかった。
大鶴肥満の一品目は”豚キムチ”だった。
大鶴肥満といえばピザ、もしくは豚キムチなので嬉しかった。
場をつなごうとしたのか、おにぎり君はなぜか女優の○○○○子の悪口を言っていた。
いわく、「とにかく性格が悪いが、演技力がありすぎるので仕事が絶えない」ということだった。
○○○○子はふつうに好きな女優だったし、「きっと性格のよい素敵な方なんだろうな」と思っていたので悲しかった。
やがて、大鶴肥満の二品目が運ばれてきた。
予想を裏切って、”しらすとバジルのピザ”だった。
それで、大鶴肥満はわざと「ごめんな」と嘘をついたのだと知れた。
「ぬか喜びとは反対の意味の言葉があればいいのに」と思った。
一度ガッカリさせておきながら結局は喜びを届けてくれる大鶴肥満は稀代のエンターテイナー、もしくはやはりナチュラル畜生だった。
念願の大鶴肥満のピザは、お世辞抜きで人生でいちばん美味しかった。
大鶴肥満が発見した強力粉と薄力粉の独自の配合、大鶴肥満がみずからこねた生地はマシュマロくらいやわらかかった。
うどんの生地は全体重を載せて足で踏むと美味しくなると同じ理論で、重量級の人間がこねたピザ生地は美味しいのにちがいない。
「これ以上美味しい料理はもう出てこないだろう」と思っていたら、おにぎり君がシメにつくってくれた”炙りマヨおにぎり”と”卵スープ”が一気に追い抜いていった。
聞けば、卵スープはおにぎり母直伝ということだった。
実家の母親を思い出す素朴な味がした。
「たまには連絡しようかな」と思って、連絡しなかった。
イベント終了間近、大鶴肥満に写真撮影をお願いしたら、巨人ファンの大鶴は快く原監督で迎えてくれた。
6,000円でピザはじめ数々の料理がいただけてドリンクは飲み放題、さらに写真撮影は常時OKなんて、実質無料どころか実質給料日である。
ママタルトの相方・檜原洋平氏がかつてラジオで発言した、「牛乳って現金と一緒やからな」「牛乳のあるビュッフェ会場は、実質お金を配っているようなもの」という主旨の発言を思い出した。
軽い気持ちで参加したイベントだったが、帰り道の私は多幸感に包まれていた。
自己肯定感も爆上がりした。
会社で上司にダメ出しされたりしても、「まあ、この人は大鶴肥満のピザを食べたことがないから、仕方ないよな」と受け流せるようになった。
ママタルトが近い将来M-1決勝に進んだり、「大鶴肥満のピザを食べたことがある」というのがいつか大きな財産になるように私は願った。
水曜日のダウンタウンのプレゼンターとして回転扉から登場するくらい爆売れしてほしいと願った。
小学生が大鶴肥満を見て「大鶴肥満だ」と気づいて騒ぎ出すくらい爆売れしてほしいとも願った。
おわり。