(15)「今度、CD持ってくるね」
九月十五日
彼はきっと小説なんて読めるタイプではない。しかし、彼は私の本棚の中からおすすめの本を貸して欲しいと言ってきた。私は、何も起こらないけれど文章の美しい恋愛小説を貸した。のちに彼から聞く話によると、私は読んだ際に付けた付箋をそのままにして貸してしまったらしい(恋愛小説に付箋を付けて読むような人と思われたのが、人前でおならをするのと同等の恥ずかしさだった)。彼は付箋をめくりながらその小説をちびちびと読み進めているらしい。
『別れ際、「今度、CD持ってくるね」と彼女は言った。それが彼女との最終回になった。テレビドラマは別れるにしてもハッピーエンドになるにしても、ちゃんと十二回で人間関係は集約していく。だけど現実の最後のセリフは「今度CD持ってくるね」だったりする。』その本で私が付箋を付けている好きな部分だ。
「今度CD持ってくるね」ホテルのベッドに横たわる彼の胸に顎を乗せて、私は言った。「なんの?」彼は寝ぼけた顔で言った。「なんだろうね。」そのあとは彼の青春時代に焼いた彼のベスト盤CDには、矢沢永吉もグリーンもごちゃまぜになっているという話を聞いた。
別れ際、私はもう一度彼に言った。
「今度CD持ってくるね」
やっぱり彼は何の話か分からない様子だった。
私と彼にしかわからない暗号を、
いつか彼は読み解いてくれるかしら。
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