File.01スキは一瞬、その時だけ。
「かわいいっすね」
行為中に照れくさそうにいう君のそれだけの言葉が、私の脳裏から離れない。
私は、付き合う前にセックスしないと、完全に踏み込めない。
セックスの相性を重視してしまう。
でも、一定数そういう人っていると思っている。
だから、付き合う前に一晩を共に過ごす。
久しぶりに好きになりたいと思う人が出来た。
あまり会ったことは無いけど、共通の友人も多いし趣味も同じ。
とても目の前のことを、頑張っている年下の子である。
もっと仲良くなりたいと思った。知りたいと思った。
少し離れたところに住んでいるから、遊ぼうと前もって連絡をいれていた。
他の人を誘ってもいいからね、と。
日程が決まってからその日まで本当に待ち遠しかった。
結局当日は2人で会った。
時短要請が出ていたこともあり、お店はどこも空いておらず、川沿いの広場で駄べる。
夏の終わりがけ。
ほんの少し風があり過ごしやすい夜だった。
2人で星を見ながら、色んなことを語り合った。
他にも、写真を撮ったり、シャボン玉をしたり、それはまさしく青春であった。
その時間が本当に楽しくて、終わらせたくなかった。
帰りたくないなあ。と思ってしまった。
もっと一緒にいたいなと。
この人と付き合えたらいいなと思った。
いい時間になり、この後どうする?とお決まりの流れ。
それとなく、次の日まで一緒にいる提案をする。
保険も逃げももちろんちゃんとつくった。
けれど、意外にも彼は満更でも無い様子だった。
途中のコンビニでお酒を買い、ラブホテルに入る。
ラブホテルに入るのが初めてだったそう。
反応がいちいち可愛かった。
「一緒にお風呂はいる?」
冗談で聞いてみた。
断られると思ってたのに、「いいんですか…?」って。
案外ノリノリで、それも凄く可愛かった。
ホテルは初めて、セックスは1年ぶり
そんな彼とのセックスは悪くもなく、むしろスキスキフィルターがかかっていたせいもあり、しばらく経っても思い出すことがある。
「かわいいっすね」
行為中の突然の敬語は、心がすごく揺さぶられた。
少し照れながら言う彼。キュンを久しぶりに感じたのである。
優しい声で、名前を何度も呼んでくれる。
優しく髪を、撫でてくれる。
全てが終わったあとに、彼の鍛えられた腕に抱き寄せられ、
ありがとう
なんて。
セックスのあとに、ありがとうなんて言われたことがなかった。
ありがとうの意味を暫く経った今でも考えているけれど、その時はどうでもよかった。
優しい人だから、自然と出てきたありがとうなのか、
1年近く持て余した性欲がやっと、のありがとうなのか。
答えは分からないのだけど。
私は彼を好きになりたい思った日から、そういう関係の人間は全て切った。
長く続いたセフレも県外に転勤したし、ちょうどいいタイミングであった。
だけど、舞い上がっていたのはどうやら私だけだったらしい。
恐らく彼と寝た次の日あたりから、私のストーリーズの閲覧者の中に彼のアカウントが載ることがなかった。
見てないだけ?と思ったりしたけど、以前はちゃんと毎回いたのだ。
しばらく様子を見ていたけど彼のアイコンがのることはない。
確実にミュートされている。
ほかのSNSでも反応は一切ない。
避けられている。
こんな風に私のことを避けるなら、ホテルなんて行かなければよかった。
あの日の「ありがとう」はなんだったのか。
理由が分からず、モヤモヤが止まらない。
LINEしても返信はない。
一瞬のスキと引き換えに、彼を失ったような気がした。