価値を自ら判断する子どもを育成するには
はじめに
竹下先生の講義(2019年7月11日)は、第3パートすべての内容につながるようなものに思えた。エビデンス(ファクト)の話は興味深く、エビデンスとして利用できるものが増えるなかで、エビデンスに依存しない選択肢を持つということは必要だと感じた。
さて、私は教育を専攻しているため、最後の方で竹下先生が言った「自分の考えを発信することは教育を受けたものの義務だと思う」ということに少し反応した。また、教育学界隈でもエビデンスという言葉が一人歩きしている現状があり、考えさせられる点は多かった。
これらを踏まえて、竹下先生の言う、ベースラインとして価値を大事にした子どもをどのように育てることができるのか、教育内容の観点から検討したい。
教育における価値について
価値を大事にするというのは、事実について判断する前の状態を想定していると考えられる。物事を判断する際の思考力は、もちろん育っていた方がいいものの、必ずしも必要では無いと考えられる。しかし、価値を大事にするというのは、すなわち価値判断ができるということでは無いだろうか。
価値判断とは、教育においては、道徳科や社会科の文脈で語られることが多い。しかし、調べてみると、社会科においては「実社会において判断を問われる場面では、独り善がりの判断であったり、その場の思いつきの判断であったりしてはならない」と述べられている(椿倉・須本2016)。しかし、社会的価値判断力を、「社会的事象(特に社会問題)について、身に付けた知識・技能を基に、様々な情報を分析し、自分なりの意見を表現する力」と定義している。
実社会で判断が問われる場面については、竹下先生の言う、価値の話と相違がある気がする。竹下先生の話では、ファクトが並べられた上で、ファクトだけでなく、最後は「カッコいい」というような価値を基に判断するのでは無いかとされていた。これは、社会的価値判断力の定義と近いものではないだろうか。
○○教育という名前を最近よく聞く。例えばプログラミング教育という言葉は、学校だけでなく塾産業にも浸透しつつあるため、聞き覚えがあるのではないだろうか。同じように、価値教育というものが、価値観の育成に関わる教育を包括する総称として用いられている(井上2018)。「Sperka(1976)は、価値(values)を善、真価、美の程度を決定する基準、価値づけ(valuing)を価値を発現(developing)あるいは実現(actualizing)するプロセス都市、価値教育は価値と価値づけについて明示的に教えようとすることであると定義している」ということから、竹下さんの言う価値の説明は少し学術的な定義と被っているのではないかと感じた。このような教育は1950年代のアメリカで出現し、今日では、欧米等の先進諸国では市民性教育や多文化教育といった側面が強く、アジア等の開発途上国では道徳教育や州教育といった側面が強いという目的の違いがある(江原2008)。価値教育は、日本ではあまり意識されてきていないが、情報が氾濫するこれからの時代には見直されるかもしれない。
道徳の時間というものを、おそらく今の大学生以上は学校で受けてきたと思うが、次回から施行される学習指導要領においては、道徳は教科になり、特別の教科道徳となる道徳教育における価値というのは、いわゆる道徳的価値である。新しい学習指導要領では、今まで価値項目などと呼ばれていたものが内容項目という名前になったが、中身はあまり変わっていない。表1に整理してみると、凡そ4つの種類に分類されていることが分かる(文部科学省2015)。内容項目として、例えば愛国心が入っていたり、国際理解や真理の探究など、道徳という教科で本当に養うことが出来るのかといった疑問や、その価値を養うのか、といった疑問も浮かぶが、同じように思った方はぜひ文部科学省に意見を言ってほしい。
※大変申し訳ないが、Wordできれいに作った表が乱れてしまった。4つの分類があるということと、その中にそれぞれいくつかの小項目があるということを分かっていただけたら幸いである。
表1 道徳における内容項目の一覧
A 主として自分自身に関すること B 主として人との関わりに関すること C 主として集団や社会との関わりに関すること D 主として生命や自然、崇高なものとの関わりに関すること
善悪の判断、自立、自由と責任 親切、思いやり 規則の尊重 生命の尊さ
正直、誠実 感謝 公正、公平、社会正義 自然愛護
節度、節制 礼儀 勤労、公共の精神 感動、畏敬の念
個性の伸長 友情、信頼 家族愛、家庭生活の充実 よりよく生きる喜び
希望と勇気、努力と強い意志 相互理解、寛容 よりよい学校生活、集団生活の充実
真理の探究 伝統と文化の尊重、国や郷土を愛する態度
国際理解、国際親善
おわりに
さて、教育において価値を育むというのはなかなかに難しい。教えてすぐ身に着くものではないし、教え込んだ時点でそれは教えたものとは別の価値になってしまう。学校教育だけで価値を育むのは難しい、そのために、子どもが出来たら、家庭に内の生活で価値が形成されるような子育てを是非してほしいと思う。もちろん学校も最大限サポートする。
引用文献
椿倉大裕・須本良夫(2016).社会的価値判断・意思決定の力を育む社会科学習─TPPについて価値判断し、これからの食糧生産について意思決定する子の姿をめざして 岐阜大学教育学部教師教育研究,12,47-56.
井上心(2018).価値教育の場の意味と機能─Human Values-based Education実践校の事例から─ 飛梅論集,18,1-17.
文部科学省(2015).小学校学習指導要領解説 特別の教科 道徳編.
参考文献
野中博史(2005).報道による意見形成効果─NIEへの指針─ 宮崎公立大学人文学紀要,13(1),261-274.
後藤康志(2014).批判的思考態度とメディア認知との関係の予備的検討 日本教育工学会論文誌,38,81-84.
沈霄虹(2019).日本のジャーナリズム系大学院教育に関する考察:東京大学・上智大学・早稲田大学の修士論文のテーマ分析を中心に コミュニケーション研究,49,77-95.
Superka,D.P.・Ahrens,C.・Hedstrom,J.E・Ford,L.J・Jhonson,P.L(1976).Values Education Sourcebook:Conceptual Approaches,Materials Analyses,and Annotated Bibliography,Social Science Education Consortium.
江原武一(2008).「宗教と学校」江原武一・山崎高哉編著『基礎教育学』,放送大学教育振興会,139-152.