SS作品/暁のタブロー
薄ぼんやりとした朝焼けに煙がくゆる。慣れた匂いに顔を向けると、まだぼんやりとした目のままで煙草を咥える男がいた。友人である。
「それ、止めれんの?」
友人に向かってボソリと吐く。眠たげな流し目と、返事か否か判らない「ん」という音だけが返ってきた。
「それ止めたら、画材買えるんじゃね?」
「……そーかもなぁ」
友人の吐息が目に入る。けほっ、と目を閉じると頭を撫でられる感触がした。左手でその手を掴み、自分の頬まで降ろす。
「絵の具の匂い」
「そらそーやろ」
「あと煙草」
「吸っとるもんなぁ」
ぽふっ、とまた煙が吹きかけられた。友人の顔を睨む。
友人と僕は絵を描く人間である。画家と名乗れるほど有名でもなく、かと言って定職に就いているわけでもないので、とりあえず「絵を描く人間」とだけの肩書きしかない。と、僕は思っているけれど、友人は堂々と「自分は画家だ」と言ってのけるので心底尊敬する。無一文と言っても過言じゃない僕たちは一人暮らし用の小さな部屋に二人で無理やり押し込んで生活をしていた。お互い、どうにか食べていくための金は稼いでいるものの、それだけしか稼げず、節約に節約を重ねて──画材費に飛ぶ。
「画材費ケチっちゃ良いもんなんか描けん」
というのが友人の持論。友人は時々、球を転がしに行って二十万を持って帰ってきたり、二十万をドブに捨てたりする。博打が苦手な僕はただひたすらコツコツと毎月数百円を貯金するだけだ。
そんな友人の手にはいつも油彩が引っ付いている。洗い落とせば良いものをそれを面倒くさがってそのまま布団に潜るのだから布団にも油彩が染み付いていた。僕が実家から持ってきた布団なんだけど、というセリフはぐっと飲み込む。
「描けそう?」
僕は友人の手をそのままにまっすぐ見つめた。
「しらん」
そもそも、いつだって描けそうな具合の時はもう既に描きあげている。訊くだけ無駄なことには違いない。けれど僕は尋ねずにはいられない。
気がつくと、朝日が完全に昇り、あれほど闇が深かったベランダも優しい陽光に包まれていた。日の光を受けた友人がスッと目を細める。
「さむい」
そう言って煙草の火を消し、また油彩の染みた布団に潜り込んだ。
end.