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 花といえばばらが好きなわたし、関東のばら園には大抵足を向けたことがある。いつも秋ばらのシーズンだ。秋ばらは、香りはよく花弁の色も落ち着いていて、典雅な感じで美しい。
 だが、明るく華やかな春ばらは未体験だった。理由は簡単で、四~五月はずっと繁忙期だったから。
 昨秋、出版社のオンサイト勤務から離れたわたしは、春の繁忙期からも解放された。そこで、二〇二三年のシーズンこそ春ばらを見ると決めていた。何より、花をつけるのは春だけである、つるばらの「アーチ」をどうしても見たかった。
 ついに昨日、春ばら初体験をした。関東のばら園ならここ、と言われる京成バラ園だ。京葉高速鉄道ができて、八千代緑が丘駅から徒歩で行けるため、アクセスがとてもよくなった。バスに乗らなくてもよいのは、来園のハードルがぐんと下がる。
 ここのばらは、例年五月の連休がトップシーズンだ。あと一週間待てば、園内がそれはそれは美しく彩られることはわかっていた。満開のばら園を見たくないわけではないが、わたしは人混みが何より苦手。ひとさまが動く時期には自宅で仕事をし、皆が必死で仕事をしているときに動くのがマイスタイルだ。
 「人の少ない平日に可能な分だけを楽しむ」と決めてしまってからは、行楽地のイベントやトップシーズンは脳内から消えた。人の少ない観光地に行くということは、電車も空いているので移動も快適である。
 というわけで八千代緑が丘駅に到着したわたし。両側にばらが植えられている遊歩道「ばら街道」を通ってばら園に入場だ。
 窓口で「まだばらはあまり咲いていません」と免責のように言われたが、それはわかっている。「はい」と入場券を買う。
 入園すると、まずメインガーデンが目に入る。さっと見渡したところほとんど葉っぱのグリーン一色だが、このばら園は千六百種、一万株を誇る。探せば、咲いている花もあるだろうと、楽観的に考える。
 入って左側、階段を上がっていくと「ベルばらのテラス」が設えてある。「オスカル」、「マリー・アントワネット」、「フェルゼン」といった大輪のばらの花壇だが、花はまだのようだ。「ロザリー」もつぼみのままである。
 だが、その片隅には、小さいけれど形のよい、薄ピンクの可憐なばらがいくつか開いている。これはなんという名前なんだろう。プレートを見ると「プチ トリアノン」とある。ああ、こんなばらもあったんだ。『ベルばら』読者ならご存じ、アントワネットが「田舎ごっこ」に夢中になったところだ。
 「プチ トリアノン」を見つけたことで、探していけば開いたばらがある、わかったので、どんどん歩いていく。たまに数人が集まっている傍には、ばらが咲いていることもわかってきた。
 来場者のほとんどが前期高齢者と見受けられる御婦人たちで、その半数以上が静かに一眼レフをかざしている。今や高齢者のポピュラーな趣味のひとつが写真なのか。その隣で、四年前のスマホでばらを記録に残すわたくしである。
 こうして、バイオレットやパープルピンクのばらタワーを見ながら、ばら色つまり「ローズ」色、薄紅色や珊瑚色、そしてイエローやオレンジ、ホワイトのばらアーチをいくつも通り抜けることができた。
 花のかたちもいろいろだ。オールド、ハイブリッドティー、モダンとタイプも違えば、咲き方にも個性がある。わたしの好きな剣弁高芯咲き(花「弁」の先が「剣」の形のいわゆる「ばら」)、平咲き、カップ咲き、ロゼット咲きなどなど、すべてが違うアーチになっている。
 満開には一週間早い。三~五分咲きのものが多いが、その分つぼみが楽しめるということでもある。
 散策していると、どんどん楽しくなってくる。裸足で芝生の上を歩くと足のむくみが取れて軽くなるが、あの感覚だ。アーチをくぐるたびに、陰キャの自分が少しずつ解れていく。
 自然に触れるのが大事だとはどこにでも書かれているけれど、「観光地」の自然だってよいのだと実感。
 しばらく行くと人工池に出る。ほとりにはつつじやしゃくなげが植えられていて、ちょうど見頃。見上げるほど大きな樹木いっぱいにつつじが咲き誇っているが、あまり注意を払う人はいない。もったいないなぁ……。
 満開の花で目を楽しませていると、耳にはせせらぎが入ってくる。こういうのを癒しというのだろう。
 外側のルートを一周したので、今後はメインガーデンを歩く。あるきながら左右を眺めると、アーリーローズのほかにも、ちらほら彩りが見える。
 ここで、黄色い見事なばらの一角があった。圧倒される何かを感じる。えっ、何というばらなのだろうとプレートを見ると「月光」とある。
 「太陽光」を燦々と受けながら「月光」が放射するエネルギーを浴びる。太陽と月、ダブルパワーでみるみるチャージされていく感じだ。これはぜひ、みんなに味わってほしいなあ。
 というわけで、無事に京成バラ園を堪能した一日となった。「死ぬ前に見たいものマイリスト」の上位にある「つるばらのアーチ」を遂に体験できた。いくつも通り抜けるうち、予想外に得られたデトックス効果で、まっさらな心身に浄化された。そこへ太陽と月から放たれるエネルギーを全身で受けたわたし。「明日からもがんばろう」と帰途についたのである。

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