見出し画像

北欧ポップスが流れて

BGMが気になる。本屋で流れている音楽を聴いて、プレイリストを知りたくなる。店の人に尋ねてみたものの「わからない」と言われた。たぶん北欧ポップスなのだけど、と思いながら帰る。

聞こえてきたのがレディーガガとか、マイケルジャクソンなら気にしなかった。でもそうじゃない。スウェーデンのバンドの曲だった。The Royal Concept(ザ・ロイヤル・コンセプト)の「radio(ラジオ)」。

聴いてもらえるとわかるのだけど、アメリカのような「いかにもポップス」な感じとは一線を画す。北欧は、どこか諦めのようなものが漂っている。ロックを歌ってもガツガツしない。それが程よい脱力感になって聴きやすい。ちょっと影があり落ち着いていて。

誰が選曲しているのか、他の曲もタイトルが何か、いろいろ気になる。「わかりません」と言われて一度は引き下がったが、諦めきれなかったので、後からメールで問い合わせてみた。少し経ってから丁寧な返信をいただく。「USENの『I-29 北欧ポップス』という番組を流していました。曲のタイトルがHPから確認できます。今後とも当店をよろしくお願いします(要約)」とのこと。「聞いてみるもんだな」と「お返事ありがとうございます」と「お手数おかけして」の気持ちが混ざる。

北欧はその名の通り、いわゆる「ヨーロッパ」の北に位置する。私がいままで行ったどの街よりも緯度が高い。パリですら、冬の間は夜だか朝だかわからない時間が続くのに、それより北の国々の気候は、どうなっているのだろう。白夜があるとは聞くが、白い闇の中で生活する気持ちは想像がつかない。

北欧ポップスの背景には、きっとそういう風土も関係しているんだろう。長い冬、明けない夜、雪に阻まれること。そういう気候の肌感覚は、本当にその土地に行かないとわからないものだけど、そこで作られたものから滲むものもある。北欧の音楽を聴きながら、その長い薄闇について想像するのは難しいことじゃない。

これは Sugarplumfairy(シュガープラムフェアリー)。「金平糖の精」という意味の、スウェーデンのロックバンド。

もっとも日本だって、温暖湿潤気候で知られている。向こうの人々にしてみれば、「湿気が高く蒸し暑い」状態が想像できないだろう。ひょっとしたら、自分の書いたものにだって「日本の気候」が滲んでいるかもしれない。

そこまで考えたら、頭の中の外国人が勝手に話し始める。「わかるわ、これは絶対に湿気の高い国の人が書いた文章よ。すごくウェットで曖昧で湿っぽいわ」と言うので、思わずフフっと笑ってしまう。日本に生まれて育っているんだから、そりゃあ日本の影響を受けるよ。私は日々、日本の暮らしの中で「日本人」になっていく。

いつだったか池澤夏樹が「僕らはずっと(文学や映画を通じて)架空のヨーロッパで暮らしてきた」というようなことを書いていた。これはなんとなくわかる。小さい頃から見ている洋画、触れている文学作品は、圧倒的に欧米のものが多い。池澤氏は「ヨーロッパ」としか言っていなかったと思うけど、アメリカのサブカルチャーだって大きな存在だったはずだ。そして、それは私も変わらない。

そしてそれだけじゃなく、架空の北欧で暮らすことも無理じゃない。北欧家具や雑貨も人気だし、本屋でその音楽に触れることだってできる。その土地に行くことは難しくても、架空の国に住むことはできる。今度、北欧製のマグカップでも買ってみようか。ちょうどいま持っている物は、取っ手が欠けてしまったし……。

どこにも行けない今だけど、どこにも行けないわけじゃない。本屋のBGMからそんなことを考える。

いいなと思ったら応援しよう!

メルシーベビー
本を買ったり、勉強したりするのに使っています。最近、買ったのはフーコー『言葉と物』(仏語版)。