悪い思い出

自分とは全く違う人生を歩んでいる人を見ると驚いてしまう。世の中いろんな人がいるのだから当然だとは言え、目の当たりにするとやっぱりびっくりする。

女子寮で暮らしていた高校時代、近くの部屋に音楽志望の子がいた。音大を目指していたとかではなく、彼女の目標はシンガーソングライターとして生計を立てていくこと。だから芸能事務所に所属していたし、路上ライブも頻繁にしていた。これだけ書くと、単に夢を追っている前向きな女の子だ。もちろん、それが彼女の性格の一面だったことは否定しない。

だけど別の側面もあった。例えば、約束を守らないという悪い癖。同じ寮に暮らしていたので、それなりに仲良くなったこともあって、私は「〇日にどこどこに遊びに行こうね」という約束をした。だけど彼女は、同じ日に別の友達と予定を入れて、まったく悪びれなかった。「あなたは、また今度ね?」。あるいは異性関係のだらしなさ。女子寮だというのに何回も彼氏を部屋に招き入れ、最後には退寮処分という形で追い出された。そして虚言癖。単に自分の素行のせいで処分になったのに、周囲には「私には一人暮らしが向いてる、窮屈な規則ばかりの寮なんて出ていくの」とうそぶいた。すべてがそういう調子の人だった。

それだけなら呆れて終わるところだけれど、自分が一番驚いたのは、彼女に届くメールの内容だった(当時はまだガラケーが一般的で、ラインも流行っていなかったから、連絡手段はもっぱらメールだった)。男子バスケ部のマネージャーをしていたらしく、主に先輩の男性部員から来るのだけれど、その連絡の内容がひどかった。直接セックスに誘うものもあれば、酒を飲む人がいるから来てつまみを作ってくれとか、彼女の性生活がどうなのかあからさまに尋ねるものもあって、ひどい内容なのに彼女はそれなりに相手をしていた。それなりに、と言うより、むしろ積極的で楽しそうだったかもしれない。私に向かってそういう話をするときの彼女は「私ってあなたと違って早熟なのよ、すごいでしょ。こんなにオトコと付き合いがあるの」と言いたげだった。

自分のほうはと言えば、詩集を読んだり公園を散歩したり真面目に勉強していたり、目的もなく街をさまよい歩くような人間だったので(今もそれほど変わらない)、彼女にしてみれば「陰気でつまらない奴」と思えたのだろう。お互いティーンエイジャーで、人生経験が少なかったとはいえ、二人とも自分たちが住む世界の違いに、悪い意味で衝撃で受けていた。

結局、前述の理由で彼女のほうが姿を消し、私はそれからしばらく寮で暮らした。いまでも時々、そのときの悪い衝撃を思い出す。世の中は広い。まったくもって理解できないことがたくさんあって、その中で自分を守っていく必要がある。彼女からはそんなことを学んだ。私が初めて、携帯の着信拒否機能を行使した、その人はいま何をしているのだろうか。少しは大人になってくれているといいな、と上から目線の思考が頭をよぎるのだった。

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メルシーベビー
本を買ったり、勉強したりするのに使っています。最近、買ったのはフーコー『言葉と物』(仏語版)。