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知識よりも大事なこと

とりわけ僕は小さい頃から劣等感だらけでした。何か特別な才能は持ち合わせてなんかいませんでした。そんな母は、それを悟ったかように、僕に毎日毎日、勉強しなさいと言っていました。勉強が出来れば、きっと将来において楽をすることができると思っていたらしいです。父は、自分が勉強が出来なかったと言っていました。「だから、俺は今、こんなにも苦労しているんだ。」と、母に何度言われても勉強しな僕に説教をしていました。

それでも、僕は勉強にあまり打ち込むことはありませんでした。確かに、本気になって真面目に勉強に取り組んだこともありました。頑張った時は、それなりに良い点数も取っていました。でも、勉強が出来ているなんて、これっぽっちも思えませんでした。どれだけ頑張ってみても、僕よりも出来る人たちが沢山いたからです。

きっと、ある時に心が折れてしまったんだと思います。僕は、勉強することから逃げたのでした。

そんな弱い自分を守るために、言い訳として使っていたことばがあるのです。

それは、勉強よりも大事なものがあるという言葉でした。

僕は、それを証明するように、本当に色んなことを僕はしてきたと思う。

自由を求めて、家を飛び出したこともあります。何よりも友情を大切にすれば、将来の財産になると、何よりも友を大事にして、自分のことより優先していたこともあります。お金持ちになれば、全部ひっくり返せると思っていました。成功すれば人生は豊かになれる。そう信じて、わずかな希望を胸に抱いていた時もありました。でも、そのどれもが、中途半端としか言えませんでした。何をしても、自分を満たすことは出来ませんでした。そのどれをとっても、自分が輝けると思えませんでした。

大人になって、色んなことを経験して学んだうちに分かったことがあるのです。子供の頃、劣等感に感じていた勉強が出来る人というのは、何度も同じ問題を解いたことのある人だということ。単純に考えて、経験豊かな人のことを言うのだと思いました。知識が多いだけではなく、何度も経験し身に付けて知性とするものだということ。

これまで、料理を仕事としてきたから、それが身に染みて分かるのです。料理って知っているだけでは、きちんとしたものが作ることが出来ないからです。切り方ひとつだって、当り前に、何でも切れるなるくらいまで、何度も何度も繰り返し練習し、技術を身に付けてきたからです。

どうして、そこまで繰り返さないといけないのかを考えたことがあります。どうして、知識だけではいけないのか考えたことがあるのです。

その答えが最近、分かった気がします。

それは、自分自身が出来ると思い込むため。何度もやり込むことで、意識の奥まで出来ると思えるのですから。未来を切り開くのに、何が大切なのか、それが、かつての僕自身が一番足りなかったことなんです。

それが「思い込み」です。

僕が、どれだけ勉強したって、どれだけ自由を求めたって、どれだけ友情を求めたって、どれだけ夢に懸命になれたって、僕自身がどれも出来ると思い込めませんでした。だから、ちょっとした壁にぶち当たった時に、心が折れる。周りが気になる。それは、僕自身が出来ると思い込むことが出来なかったからです。

例えば、今、目の前に大きなハードルがあった時、自分に出来るはずがないと思うのか、自分に出来ないはずがないと思うのかで、大きく未来は変わるものなのです。どんなに小さなハードルであっても、自分に出来ないと思いこんでしまうことは、僕のようにそれを超える力がなくなってしまう。そして、何かに挑戦する気持ちも奪うのです。

全ては、自分が出来ると思い込めるため。その為に知識や経験が必要なんだということ。

知識よりも大事なこと。それは何よりも自分の心だということでした。

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メルシー


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