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【降霊の箱庭・外伝】カミキリムシ ~第一話~

〈!注意!〉
※本編との繋がりはありません。
※選考の対象外、完全なる趣味です。
※「創作大賞」「ホラー小説部門」のタグは付けていません。


<前話>








ちょうど三時間目が終わった後の休み時間。
スマートフォンが振動し、妹のはなからメッセージが届いた。


その内容を読んだ割垣蓮わるがきれんは、不安を抱えたまま四時間目をやり過ごす羽目になった。普段から授業に集中しているわけではないが、今この瞬間はひときわだった。
昼休みになるや否や、友人に驚かれるほどの勢いで、蓮は二年七組の教室を飛び出した。
階段を駆け下り、「廊下は走るな」と書かれた掲示板の横を走り抜ける。向かうは校舎一階の外れにある保健室だ。
保健室の白い扉には「只今ただいま席を外しております」の看板が掛けられている。
「華! 大丈夫か!?」
その扉を破るように開け、蓮は呼ばわった。

「兄貴、うるさい」

消毒液のにおいのする空間。
薄緑色のカーテンで仕切られた二つのベッド。その手前側の布団がモゾモゾと動き、中から迷惑そうな声がした。
「頭痛いんだから静かにして、もう……。他の人がいたらどうすんの」




割垣華。蓮の一つ下、中学一年生の妹。
腰周りまである艶やかな黒髪をポニーテールにしている。身長は女子にしては高く、大きな吊り目も相まって、溌剌はつらつとした雰囲気を相手に与える。事実彼女は何事にも積極的で、男子にも女子にも分け隔てなく接する性格だった。勉強はというと……兄に似て、やや苦手だが。


自慢の妹。可愛くて元気な妹。
その彼女から『体調が悪くなった』との連絡が来たのだから、蓮が慌てるのも無理はなかった。
「体育の時間に座り込んだんだって? 熱中症か?」
火照ほてってる感覚は無いよ。保健の先生は、たぶん貧血だって言ってた」
「ったく。病人を放ってどこ行ってんだ先生は」
「忙しいんだから仕方ないじゃん……」
よかった。見たところ顔色はやや悪いが、受け答えは普通にできるようだ。
ベッドサイドに座った蓮はひとまず息をつき……布団からはみ出た華の右手に目が行って、ギョッとした。
「お前、それどうした!?」
「……っ!」
一瞬何のことか分からなかった様子の華は、しかし兄の見ているものに気付き、ハッと半身を起こした。
「ちが、違うの、これは、」
隠そうとするのを強引に引き寄せ、改めて観察する。
彼女の手は異様な状態になっていた。


それは言うなれば、絆創膏ばんそうこう見本市みほんいちだった。
大きいもの。普通サイズのもの。茶色いもの。カラフルなもの。とにかく様々な種類の絆創膏が、まるで手全体を覆い隠すように貼られていた。
よく見れば真新しい血が滲んでいるものもある。つまりこれはファッションではなく、絆創膏の本来の用途、つまり傷を保護するために貼られているということだ。
無数の傷を覆う、無数の絆創膏。


「……どういうことだよ。これ全部、今日できた傷か?」
「…………違う」
半ば恫喝どうかつするような蓮の問いに、華は消え入りそうな声で答える。
「ここ数日でできたの。か、紙で切って……」
「紙で切っただけでこうなるわけねぇだろ! まさか、左手も同じなのか!?」
こんなにもひどい怪我を隠していた、華への怒り。そして何より、それに気付けなかった自分への怒り。思わず華の腕を握る手に力が入る。
痛い、という彼女の悲鳴で我に返り、蓮は慌てて手を離した。

気まずい沈黙が流れる。
昼休みの喧騒が遠く、響いてくる。

「あの…………ごめんなさい」
上半身を再びベッドに預けた華が、やがて小さい声で言った。
「何でこうなったか、ちゃんと正直に話すね」
「そ、そうか! いや違うな……謝るのが先か」
蓮はホッと顔を上げかけて、すぐに言葉を訂正した。
「スマン。動揺しすぎた。いくら心配だからって、逆に華を追い詰めてたら世話ねぇよな」
そして向き直り、言う。
「何があったか教えてくれ。今度こそ怒らずに、黙って聞く」
頭ごなしに叱ってしまった自己嫌悪は未だ収まらないが、そんなことはどうでもいい。今はただ、事態を把握するのが優先だ。

兄の声に穏やかさが戻ったのを確認し、ようやく小さな笑みを浮かべてから、華は口を開いた。






それは三日ほど前のこと。
一年四組はやや慌ただしかった。次は音楽の授業なのだ。別棟三階の端にある第二音楽室に向かって、準備を済ませた者がめいめい教室を出ていく。
華もアルトリコーダーと音楽の教科書を手にし、席を立とうとしていた。
「みわちゃんの授業って面白いからいいよね」
「分かる~。音楽以外も教えてほしい」
ふと聞こえてくる、別の女子グループの会話。ちなみに「みわちゃん」とは、女性教諭・神山みわやま冴雪さゆきのあだ名である。
五人ほどのメンバーが連れ立って出ていく最中、そのうちの一人が教科書を取り落としてしまう。

「っ!」
直後、彼女は声にならない悲鳴を上げ、右手を押さえた。

叶芽かなめ? どした~?」
「う……ちょっと教科書で切っちゃったみたい」
先行ってて、と彼女に言われた他のメンバーは、心配しつつも教室を去っていく。残った彼女は教室の救急箱に手を伸ばすが……その顔は遠目でも分かるほど曇り、っていた。
違和感。単純に「紙で手を切った」にしては、彼女の様子は追い詰められすぎている。そしてその違和感に気付いて、黙っていられる性格でないのが華だった。
「大丈夫、仙﨑せんざきさん?」
華の呼び掛けに、彼女……仙﨑叶芽は、ハッと振り返った。


「ウチね、呪われてるの」
放課後。校舎裏で、叶芽は華に両手を見せていた。
絆創膏だらけのひどい手だ。
「小学生の時、帰り道に転んでね。右手を着こうとした地面に変なむしがいるのが見えた。カミキリムシ……みたいだったけど、ちょっと違う。長い触角が四本もあって、赤地に水色のまだらっていう気持ち悪い色だった。気付いたけど避けられなくて、右手で押し潰しちゃって。うぅ……思い出すだけで鳥肌」
強烈に焼き付いた記憶なのだろう。叶芽は二の腕をさすりつつ顔をしかめる。
「で、その潰しちゃった瞬間、右手首の辺りに蟲が這うみたいな感覚があった。慌てて見たら、右手首にむしの形のあざが浮かんでたの」
「…………」
「何となく分かった。蟲が体内に入っちゃったんだ・・・・・・・・・・・・・って。しかも、泣きながらママに痣を見せたら、そんなものどこにも見えないって言うんだよ」

言われた華は、叶芽の右手首を凝視する。
確かにそこには何も見えない。

「それから、やたら紙で手を切るようになった。教科書やノートで、一日に何度も何度も」
「それは……キツいね」
聞いているだけで指がゾワゾワする。あの独特の不快な痛みは、思い出したくないものだ。
「しばらくして、呪いは消えた。はず、だったのに……なのにまた最近現れたの!」
耐え切れないというふうに、そこで叶芽は悲痛な声を上げた。
「なんで? どうして!? 毎日毎日辛くて仕方ない! なんでウチばっかこんな目に遭わなきゃいけないワケ!?」
スカートの裾を掴んで叫ぶ叶芽の肩が、震えている。心身共に相当追い詰められているのは明らかだった。
とはいえ手助けしようにも、手段が思い浮かばない。再び呪いが消滅するのを待つ? いや、それでは根本的な解決にならない。「おはらい」してくれる人を探す? いや、そんな伝手つてなどあるはずがない。華たちは一介の中学一年生にすぎないのだから。

――何か、方法はないだろうか。

「割垣さん……ウチ、どうしたらいいの……?」
涙目の叶芽に見つめられる。
下手な励ましもできないまま、華は迷う。
何か。どうにかして彼女を、助けてやれないだろうか。


――どうにか……。


「…………ねえ。その呪い、私に移せる?」
華は、言った。






「仙﨑さんと右手首を重ねた瞬間、むしが這う感覚がして、私の方に痣が移動した。兄貴に見えてないだろうけど、確かにこの辺に、むしの形が浮かんでるよ」
そうして華は説明を終えた。
「…………」
蓮はただ黙って話を聞いていた。
口を開けば・・・・・また怒鳴りそうで・・・・・・・・
「…………!」
向こう見ずなことしやがって。俺がどれだけ華を大事に思ってるか、分かんねぇのか。命の危険がある呪いでも、同じように安請け合いしてたか? 言ってやりたいことは山ほどあるが、蓮はそれらを必死で喉の奥に押し止めていた。

分かっていたからだ。
もし自分が華の立場でも・・・・・・・・・・・同じことをするだろうと・・・・・・・・・・・

いや、むしろ今すぐこの場で、華の呪いを肩代わりしてやろうと思っている自分がいた。
だがやはりそれでは解決にならないのだ。人から人へと受け継がれるなら、それは呪いの思うつぼだ。もっと大元おおもとから、このカミキリムシの呪いを断ち切る方法が必要だ。
「……俺の先輩に、こういうのに詳しい人がいる」






「というわけで委員長、よろしくお願いします」
「馬鹿!!」
放課後、委員会活動の時間。
頭を下げる蓮に、まどかが一喝した。






<次話>


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