【降霊の箱庭・外伝】カミキリムシ ~第二話~
〈!注意!〉
※本編との繋がりはありません。
※選考の対象外、完全なる趣味です。
※「創作大賞」「ホラー小説部門」のタグは付けていません。
<前話>
「愚かだね。お人好しが過ぎる妹も、私に助けてもらえる前提の兄も、揃って愚かだよ」
いつもの革張り椅子の上で脚を組んだ倉闇まどかは、呆れたというふうに首を振ってみせた。
放課後の図書準備室。
集まったのはいつもの面々。一年生の一並達季、二年生の蓮、三年生のまどか。今回はそこに、蓮が連れてきた華もいる。体調はどうやら良くなったようだ。
特等席のあるまどかに対し、残る三名はボロボロのソファに窮屈そうに座っている。そんなことは意にも介さず、まどかは小言を続けた。
「裏があったとしたらどうする? 例えば『紙で手を切る』という現象はあくまで副次的なもので、本題は『心身共に蝕んで殺す』ことだったとしたら。君はとんでもないものを背負い込んだことになるのだよ?」
黒髪のおかっぱをさらりと揺らし、まどかは華に目をやる。対する華はというと、先程から何やら不満げに頬を膨らませている。
「でも、倉闇先輩。まさか……見捨てたりはしないですよね?」
と、それまで黙って聞いていた達季が、おずおずと問い掛ける。
「……まあ、ね。こうなったら考察し、対処法を見出すとも」
一つテンポを置いてから、まどかは溜め息混じりに認めた。
「ただこの状況、言いたいことくらい言わせてもらう権利はあるだろう? そこの割垣兄妹は猛省するように」
「さっきからグチグチグチグチ、嫌味っぽいことばっかり」
と、その時。頬の膨らみが最高潮に達した華が、反撃に出た。
「自分が何をしたかくらい分かってるよ。でも他にどうすればよかったの? 相談してきた仙﨑さんを見捨てればよかったって?」
「そうは言ってないだろう」
まどかは口調と態度を変えない。
「その仙﨑という子を、最初からこちらに回してくれればよかったのさ。肩代わりする必要は全くなかった。君は、相手が持っている火のついた爆弾を、自分でわざわざ抱え込んだんだよ」
「そんなこと分からなかったんだからしょうがないじゃん!」
何やら雲行きが怪しくなってきた。
達季と蓮の男子二人は、睨み合う女子二人の間でオロオロする。
「はぁ。正論を受けての逆ギレとはね。どうして君たち兄妹はこう、導火線が短いのかな」
「そっちが煽ってくるからでしょ! っていうかほんと、兄貴から聞いてた通りだね。口うるさくて嫌味っぽくて頭のカタい委員長で困るって。普段からそうやって、みんなのこと困らせてるんでしょ!」
「へ~ぇ? ほ~ぉ? ふぅ~ん? 陰でそう言っていたとはね、割垣君?」
「目線だけは上からなんだね! 私より身長低いくせに!」
「身長は関係ないだろう!!」
キャットファイトが始まった。
お互い立ち上がり、髪を引っ張るわ罵るわの大騒ぎ。
蓮と達季の必死の仲裁が功を奏すまで、しばしの時間を要した。
「…………ふぅ。話を聞いた感じでは、」
喧々囂々の後。
乱れた髪を手櫛で直しながら、自分の椅子に戻ったまどかが言った。
「まず私が抱いた第一印象は……『三匹目のいない鎌鼬』、だね」
「鎌鼬って、あの有名な妖怪ですか?」
いち早く反応したのは達季だった。
「その通り」
まどかは傍らの鞄からスマートフォンを取り出し、何やら検索して三人に差し出す。
渦を巻く風と、その中心にいる獣。妖怪画で有名な画家の絵が映し出されている。
「つむじ風の妖怪。姿は見えず、すれ違いざまに人の体を切り付ける。一説には、三匹で一組の鼬とされる。それぞれの手は鎌になっていて、まず一匹目が標的を転ばせ、二匹目が切り付け、三匹目が傷口に薬を塗って痛みを和らげる。だからこそ、身に覚えのない傷ができていた場合、それは鎌鼬によるものだと言われたのだよ」
「ああ……そういうこと、ですか」
「一並君は物分かりがいいね。そう、まさに仙﨑という子が受けた呪いそのものだろう? そもそものきっかけは転んだこと、だった。それから切り傷ができるようになる。だというのに痛みはしっかり感じることから、私は『三匹目』、つまり痛みを消す担当がいない鎌鼬だと思ったのだよ」
だが……と、まどかは言葉を続ける。
「だが鎌鼬による被害は一時的なものだ。取り憑かれる、まして他人に呪いを移せるなどという話は聞いたことがない。そこで二つほど別の説を考えたわけだが」
まどかは立ち上がり、蓮に命じて用意させたホワイトボードの前でペンを取る。
「一つは『飯綱』によるもの、もう一つは『蟲』によるものだ」
それぞれ、一般人には聞き馴染みのない単語を書くまどか。
「まず『飯綱』。これは鎌鼬の派生形ないし別名であり、『狐憑き』の一種とされる。憑物に関しては以前、一並君と割垣君に解説したことがあるね? 動物霊が人間に取り憑き、行動異常などの障害を起こすものだ。人から人へ感染し得るモノ、憑かれた人間を追い詰めるモノという点で、これは今回の件に一致している」
「でも、仙﨑さんと私の呪いは、カミキリムシの形をしてるんだよ? 鼬や狐なんて関係ないじゃん」
華が異を唱えるが、まどかは動じない。
「まあ慌てず聞きたまえ。ここで別の説、『蟲』の怪異について論じよう。そもそも蟲とは昔、『病気』『悪いもの』と同義で用いられた言葉だ。君たちも『虫の居所が悪い』『疳の虫』などという慣用句を聞いたことくらいあるだろう? それらは比喩ではなく、実際に人間の体内に居着いた蟲が悪さをするせい、と考えられていたのだよ。
大胆な仮説を立てよう。
つまり憑物とは蟲である、と。
憑物による被害も、蟲による被害も、結局のところ心身の病気によるものだ。病気は外部からやって来て体内に入り、対象に害をもたらす。空気、飛沫、接触、媒体や媒介に種類はあれど、『外から内に侵入してくる』という点では同じだ。さあ、君の場合はどうだったかね?」
「……あ……」
長い講義の末、投げかけられた問い。
華は息を呑み、口元に手をやった。
「カミキリ『蟲』の形をした『憑物』が仙﨑さんに取り憑いて、それに触れた私が『感染』した……?」
「ご名答」
華の顔色は蒼白になっていた。自分が一体何に関わったか、ようやく事の重大さが分かったらしい。
「そ、それでよ委員長。結局これ、どうしたらいいんスか?」
同じく不安の色を隠せない蓮が訊く。
「それは……調べてみないと分からない」
途端に歯切れの悪くなるまどか。
「鎌鼬、憑物、蟲。それぞれ対処法が違うし、そのどれに効果があるか分からない。幸い明日から土日だから、市立図書館にでも行って、より詳しく手段を探るしかないね」
もちろん手伝ってくれるよね? と男子二人を見やるまどか。
達季も蓮も、躊躇うことなく頷いた。
「えっと……私、は?」
「君は来ない方がいい」
おずおずと問う華に、まどかは首を振る。
「図書館だよ? どれほどの本が……『紙』が、あると思っているのかね」
その日。
眠りにつくまでに、華は二度手を切った。
一度目は、蓮と共に夕飯の支度をしていた時。
カレールーの包装紙で。
二度目は、トイレに入っている時。
トイレットペーパーの芯、つまり再生紙で。
<次話>
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