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降霊の箱庭 ~序~

<あらすじ>
とある中学校の空き教室で「こっくりさん」をしていた三人の女子生徒。しかし突如儀式は破綻し、結果として一人が死んだ。
事件後、転校生としてやってきた少年・一並達季ひとなみたつきは、転入したクラスの、ひいては学校全体を取り巻く不穏な気配に戸惑う。所属することになった図書委員会の先輩・割垣蓮わるがきれん倉闇くらやみまどかに巻き込まれる形で、達季は「こっくりさん事件」の調査をすることになった。
しかし。こっくりさんは学校中で流行の兆しを見せ始め、それと共に第二第三の犠牲者が発生する。果たして達季たちは、こっくりさんの呪いを封じ込め、学校を救うことができるのか……?







こっくりさん、こっくりさん。
どうぞおいでください。






とある中学校でその日、秘密の儀式が行われていた。
儀式というのは大抵、人目を忍んで開かれるものだ。この小規模な儀式も例に漏れず、校舎の最上階・最端にある空き教室にて開かれていた。
おまけに時は放課後。大多数の生徒は部活動に向かい、そうでない生徒も帰路についた後だ。

カキーン、と。
野球部のバッティングの音が、グラウンドの方角から聞こえてくる。

プァーン、と。
吹奏楽部の合奏の音が、反対側の校舎の中で響いている。

妙に遠く感じられる、それら音。
同じ敷地内にいるにも関わらず、音の発生源である生徒たちは、この教室で何が行われているか知るよしもない。この教室にいる3人の女子生徒もまた、こうして椅子に座って机を凝視していては、外の様子をうかがい知ることもない。


ここは隔絶された空間。
日常の延長線上にあり、しかしどうしようもなく切り離された、特異点。




「え~、全然反応ないじゃん」
西日が差し込む教室の中。
口を尖らせつつ、市川いちかわ奈々絵ななえが言う。
「来ないねぇ……」
続いて上島うえじま文美ふみが、片眉を上げて言う。
「やっぱり……さ、いないんだよ」
最後に鈴木すずきゆうが、小さな声で言った。
「だからもうやめにしない?」
「いや諦め早すぎでしょ!」
ゆうの言葉は、奈々絵のツッコミにあっさりと押し潰される。
「何かこう、思いの強さ? みたいなのが足りないんだよ多分! だからゆうもちゃんとお願いして!」
「う、うん……ごめんね、奈々絵ちゃん」
ゆうは肩をすくめて縮こまり、机の上に目を落とした。

――でもわたし、やっぱり怖いよ。


目線の先には白い紙と、十円玉が一つ。
白い紙には、ひらがな五十音と数字と、「はい」「いいえ」の文字が、女子特有の丸っこい筆致で書かれている。
さらに紙の中心上部に、赤いマジックで描かれた「鳥居」も。




この机の上の物を見れば、今まさに行われている儀式が何なのかは、誰の目にも明らかだ。
そう、「こっくりさん」である。




奈々絵と文美とゆうは、幼稚園時代からの幼馴染だ。
新興住宅地の同じ道路に面した並びに、それぞれの家がある。


奈々絵は可愛い。
茶がかった髪、ぱっちり大きな目、白い肌。一人っ子ということもあってか、やや我儘わがままで子どもっぽいところはあるが、それすらも彼女の愛嬌の一部と認識されていた。

文美は大人びている。
やや癖のある黒髪を無造作に束ねている。クールで感情が読めないこともあるが、そうかと思えば突然冗談を言って「フッ」と笑ったりする。

ゆうは引っ込み思案。
三人の中で背は一番低い。ほわほわとした癖毛で、眼鏡をかけている。勉強も運動もぱっとしないが、書物の知識に関してだけは、唯一自信がある。


タイプの違う三人だが、不思議と馬が合った。互いが互いの良い点を目立たせ、悪い点は補い合える関係だった。
だからこうして「こっくりさんをやろう」と言い出したのは奈々絵だし、時間と場所を立案したのは文美だし、本を読んでこっくりさんの用紙を準備したのはゆうだった。




そうしていざ、放課後の空き教室でこっくりさんを始めてはみたものの。
三人の人差し指の下に置かれた十円玉は、待てど暮らせど動かない。「どうぞおいでください」と呼び掛けること数回、それでも状況は変わらず、今に至るわけである。

「けどまぁ、動かないものはどうしようもないし」
先程奈々絵に反論されたゆうに、文美が助け舟を出す。
「それに、あまり長居すると先生に見付かるかも。もう一回呼んでみて、それでもダメなら、諦めるか日を改めよう」
「む~……」
至極真っ当な文美の意見に、奈々絵も渋々首肯しゅこうする。
「でもでも、この一回だからね。しっかり集中してよ!」
「はいはい」
「分かったよ」
奈々絵の言葉に、文美とゆうもそれぞれうなずいた。
「じゃあ……」
手を軽く動かした後、鳥居の上にセットした十円玉に、三人はそっと人差し指を乗せる。
そして息を合わせて唱えた。




こっくりさん、こっくりさん。
どうぞおいでください。
もしおいでになりましたら「はい」へお進みください。




瞬間。すうっ、と。
教室内の空気が冷え込む感じがした。




窓から差し込む西日が、ギラリと赤く光った。
同時に、ずず・・、と。
十円玉が緩慢に移動した。


『はい』


全員、息を呑んだ。
ゆうの全身には鳥肌が立っていた。

――来た! 本当に来た!

自分以外のどちらかが、無理に動かしているに違いない。
全員の力が加わって、動いたに違いない。
そう考えて誤魔化したいが、背中に氷を押し当てられたかのような寒気は止まらなかった。
「ほらね、動いたじゃん。来たじゃん!」
対する奈々絵は流石に緊張の面持ちを浮かべつつも、その声には隠し切れない興奮が含まれていた。
「じゃあね、あたし早速質問する。こっくりさん、間宮まみや君に好きな子はいますか?」
そして間髪入れずに発されたその質問こそが、奈々絵がこっくりさんをやろうと言い出した動機そのものだった。

間宮という、同じクラスの男子生徒。
奈々絵は彼に恋しているのだ。
文武両道で容姿も悪くない彼を、しかし慕っている女子も多い。だからこそ奈々絵はこっくりさんを通して、そもそも彼自身に意中の人がいるのか知りたがったのである。


質問を受け、十円玉はすぐに動いた。
鳥居のところから真っ直ぐに、右方へと。

『いいえ』

「やった! やったぁ!」
答えを見た奈々絵は、席から飛び上がらんばかりの喜びっぷりだった。
「ちょっと! 指、離しちゃダメだよ!」
「わ~かってるって。いや~でも嬉しいなぁ~。これってあたしにもチャンスあるってことだもんね」
慌てて注意するゆうに、奈々絵は満面の笑みを浮かべてみせた。
「こっくりさん、鳥居の位置までお戻りください」
妙に冷静な文美が、その傍らでこっくりさんに呼び掛ける。
十円玉は素直に鳥居まで戻った。
「んじゃ次、誰にする?」
「文美ちゃん、先にいていいよ」
「分かった。じゃあ奈々絵・私・ゆうの順で、反時計回りに訊いていこう」


そこからは無難な問いが続いた。
いざ質問するとなると、意外と何も出てこないものだ。結果、明日の天気は何ですかとか、次の小テストはいつですかとか、別に知っても知らなくてもいい質問をすることになる。
こっくりさんの結果も様々だった。意味のある答えが返ってくる時もあれば、『んえいうは』といった支離しり滅裂めつれつな文字列になることもある。そんな十円玉の動きに首を傾げたり笑ったりしているうち、最初は感じていたこっくりさんへの恐怖心も、ゆうの中では薄れていった。




四周くらいした頃だろうか。
「ねえ……これさ、指めっちゃ疲れない?」
真剣な顔で文美が言った内容に、奈々絵もゆうも思わず吹き出してしまった。
「それな!」
「わたしも同じこと思ってたところ!」
場が和む。確かに時計を見れば、思ったよりも時間が経っている。傾いた太陽は、向こうの建物のかげにその姿を隠そうとしていた。
「じゃあさ、ゆうの質問で最後にしようよ」
奈々絵の言葉を、ゆうは了承する。
そしてゆっくりじっくり質問を考えた。


何だろう。
わたしが、訊いておきたいこと。


…………。
ふと、思い付いたその質問。
それは大切な質問だった。
中学生になって一ヶ月半。奈々絵はその明るさで早速友達を作り、文美はその大人びた言動で周囲の尊敬を集めつつあった。
しかし……自分には、何もない。
奈々絵と文美以外、会話のできるクラスメイトが誰もいないのだ。おかげで手持ても無沙汰ぶさたな時間には、自分の席で読書に没頭しているフリをしなければならなかった。

ゆうは、怖かったのだ。
二人が自分から離れていくような気がして。

「こっくりさん、こっくりさん」
だからゆうは、問うた。
「わたしたちはこれからも、親友でいられますか?」




しばしの沈黙の後。
十円玉は反応した。
ゆっくりと、しかし迷いのない動きで、真っ直ぐに。


『いいえ』




空気が、凍った。
奈々絵も文美も、当然その質問をしたゆうも、愕然がくぜんとしていた。
『いいえ』
ハッキリと示された、その文字。
「と、鳥居の位置までお戻りください」
声の震えを、ゆうは抑え切れなかった。
「……………………」
最悪の雰囲気。
誰もが言葉に迷っていた。
何をどう言おうと、互いを傷付けてしまうのが分かった。
「…………終わらせよう」
ようやく絞り出された文美の声に、奈々絵もゆうも無言で頷いた。
戸惑う心を抱えたまま、三人はどうにかセリフを合わせる。


こっくりさん、こっくりさん。
ありがとうございました。
どうぞお帰りください。




その時。
今まさに隠れようとする太陽が、最後の輝きを放った。
赤く、赤く照らされる教室。
野球部の音も吹奏楽部の音も途切れ、一瞬、完全なる静寂が訪れた。






十円玉は。
『いいえ』の位置に、動いていた。






え? というった声は、果たして誰のものだったか。
同時に、みぢ・・、と。
小さな濡れた音がした。


三人の、十円玉の上に置いた人差し指。
その爪が・・・・剥がれかけていた・・・・・・・・




直後、筆舌ひつぜつくしがたい痛みが三人を襲った。
「きゃあああああああ!?」
「何、何これ!?」
「いた、痛い、痛い……っ!」
それぞれ悲鳴を上げる。その間にも人差し指の爪はひとりでに、ゆっくりゆっくりと、先端の方から剥がれていった。
みぢ、みぢ、と爪と肉とが離れる音。
本来触れるはずのない空気が、おぞましい冷たさをもって隙間に入り込む。
さらされたピンク色の肉。そこからはすぐに血が染み出し、じわじわと膨れ上がって、ぼたぼたと十円玉の上に落ちた。
指先に集まった神経を直接刺激される、凄まじい痛み。古来より拷問ごうもんにも使われるその痛みは、三人を恐慌状態に陥らせるには充分なものだった。
「お、お帰りください!」
気を失いそうな激痛と恐怖の中、ゆうは叫んだ。
「お帰りください!」
残る二人もそれに続く。
十円玉は嘲笑うかのように、『いいえ』の位置から動かなかった。
いや、動いた。だがそれは最早もはや何の文字列でもない、無軌道で無秩序でデタラメな動きだった。
『もみまとん56きひみとく0いいえにりのひみま5そといいえもりのま1まはそちもり』
しゅっ、しゅっ、と摩擦音を立てながら十円玉は滑る。
三人の指を、強力な磁石のように貼り付けたまま決して離さず、しゅっ、しゅっ、と。
その間も爪が剥がれるのは止まらず、やがて溢れ出した血が十円玉の軌跡と重なり、紙のあちこちに赤い飛沫しぶきが散った。
「お帰りください!」
「帰って! 帰って!」
「離れてよぉ!」
必死で叫び、懇願こんがんする。
十円玉は止まらない。
立ち上がり、押さえ付けようとしても、ただいたずらに指の痛みが増すだけで、十円玉の動きを封じることは不可能だった。


そのうち、とうとう。
爪は完全に剥がれ、甘皮あまがわを引き千切る嫌な感触と共に指から離れ、かさりと紙の上に転がった。
真っ赤なマニキュアを塗りたくられたかのような、指先。


「もう……帰ってよ!!」
奈々絵が言い、体全体に力を込めたのは、その時だった。
彼女は指を無理矢理引き剥がした。途端に十円玉の動きは急停止し、文美とゆうの指も嘘のようにそこから離れた。
「…………!」
突如訪れた終焉しゅうえん
後に残されたのは、肩で息をする三人だった。
「ど、どうしよう……」
ゆうは震える。
もちろん耐え難い痛みもあるが、しかしその震えは、それを打ち消すほどの恐怖によるものだった。
「わたしたち……離しちゃった……」
こっくりさんを行ううえで、最もタブーとされていること。
ちゃんと帰ってもらう前に・・・・・・・・・・・・離しちゃった・・・・・・……!」
「うん……」
流石の文美も真っ青だった。
「どうしよう、これ……」
「どうしよう……!」
二人、顔を見合わせる。
そして痛む指を押さえながら、この儀式が中途半端に終わる原因、つまり最初に指を離してしまった奈々絵を、同時に見やった。

「えっ」






奈々絵は。
ぐるん、と白目をむいていた。






がたーん! と椅子を巻き込みながら、奈々絵は床に倒れた。
そして両手両足をてんでばらばらに動かしながら、のたうち回り始めた。
「あぇ、が、がほっ、えほっ、」
その口から発される、先程の十円玉の動きのような、無意味な音。
ばたばたばたばたと、まるで死にかけの虫や猫のように、あるいは回路が完全に狂ったロボットのように、奈々絵は床の上でもがき続ける。
どたどたと。ばたばたと。
腕を、脚を、首を、振り回しながら。
やがてその口から何かが溢れ出た。
茶色い液体。それは胃の内容物と鮮血が入り混じった、汚らしいモノだった。
びちびちと。べちべちと。
浜辺に打ち上げられた魚のように、奈々絵は暴れ回る。

文美とゆうは、それをただ見ていることしかできなかった。
恐怖という感情すら麻痺まひしていた。
脳が、この冒涜的ぼうとくてきな光景を理解するのを拒否していた。

いつまでその動きが続いただろうか。
けぇ、と空気の抜ける音を喉から発して、奈々絵はゆっくりと止まった。
「……………………」
再び降りる、沈黙。
夕日に照らし出された、不気味なオブジェ。
しかしそのオブジェの、奈々絵の吐き出した液体の中に、内臓の千切れたようなものが混じっているのに気付いた瞬間。


「い……嫌ぁああああああああああああああああああああー!!」


沈黙は破られ、ゆうの悲鳴が校舎に響き渡った。






<各話リスト>


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