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降霊の箱庭 ~第二話~

<前話>








――どうしてこうなったんだっけ。


図書準備室にて。
一並ひとなみ達季たつきは困り果てていた。

「なァおい一年生。お前は俺の味方だよなぁ?」
右方に立つのは、二年生の男子生徒。
既に身長は百七十センチに達していると思われ、その証拠として今も達季を威圧するように見下ろしてくる。
着崩した制服、オールバック気味に流した髪。達季の苦手な、不良またはヤンキーと呼ばれる部類の人間だった。

「一年生君は私の味方だよ。そうだね?」
左方に立つのは、三年生の女子生徒。
身長は百五十センチにも達していないと思われ、その証拠として今も達季を威圧するように見上げてくる。
堅苦しい口調、おかっぱに切り揃えられた髪。達季の苦手な、頑固あるいは気難し屋と呼ばれる部類の人間だった。


決めなければならない。どちらの味方をするか、逆にいえばどちらを敵に回すか。
どちらも辿り着く先は地獄である状況を、二者択一にしゃたくいつとは呼ばない。
追い詰められた達季は、現実逃避をすることにした。






達季が米野中学校よねのちゅうがっこうで生活してみて、分かったことが二つある。


一つは、かなり校則が厳しいということ。
多感な中学生、つい悪い方向に流れがちなのを、校則で正そうとする気持ちは分かる。しかしそれにしてもこう、無意味というか、形骸化けいがいかした規則が多すぎるような気がした。
例えば、廊下は左側通行をしなければならない。
例えば、他学年の教室に行ってはならない。
例えば、女子の髪が肩より長い場合、ヘアゴムで括らなければならない。
そしてそれを裏付けるかのように、服装や生活を管理する生徒指導部がかなり大きな力を持っている。特に達季に大声で注意をしてきた長谷川はせがわという教師は、何かにつけて口うるさく高圧的に指示してくるため、ほぼ全校生徒からうとんじられていると言って差し支えなかった。


そして、もう一つは。
この一年五組には、暗黙の了解があるということ。

市川いちかわ奈々絵ななえという生徒の机に置かれた花瓶はいつの間にか片付けられていたが、それについて言及する者は全くいなかった。彼女の死をいたむ者も、彼女の机に近付く者もいなかった。
明らかに皆、市川奈々絵の存在をタブーとして扱っている。

また、同じくらい遠巻きにされている生徒がいた。
上島うえじま文美ふみという、大人っぽい雰囲気の女子。

掃除の時間、誰も触れる者がいない市川奈々絵の席を、彼女だけが上げ下げしていた。あとは鈴木すずきゆうという、達季が転校してきた日からずっと欠席している女子生徒の席も。
達季は気付いていた。
市川奈々絵や鈴木ゆうの席に触れる時、上島文美がキュッと耐えるように口を噛んでいることを。そして他の生徒がその様子を、どこか観察するような眼差しで見ていることを。
不思議なものだ。背筋を凛と伸ばし、頭脳も明晰な彼女は、むしろクラスの尊敬を集めそうな人物だというのに。


――この三人に、一体何が。
達季は気になったが、クラスに満ちている暗黙の了解を破ってまで、誰かにく勇気はなかった。
おかしな暗黙を除けば、このクラスはむしろ過ごしやすい空気だったのもある。敢えてその空気をぶち壊すような存在に、達季はなりたくなどなかった。

担任の女性教師に声を掛けられたのは、そんな学校とクラスにある程度馴染んできた、三日目のことである。
部活動についての相談だった。




曰く「この学校は基本的に部活動、そうでないなら委員会活動に所属するのが原則である」。
とはいえ急に言われて決められるはずもなく、おまけに達季は家族から心配されるほどの無趣味ゆえに、そもそも興味のある部活がなかった。
ならばと担任教師が提示したのは、臨時の図書委員になることだった。

本来の図書委員は、くだんのずっと休んでいる鈴木ゆうだという。
いつまで欠席するのか全く不明であるため、彼女の席は今空いている状態だ。毎週の定例会に参加すればそれでいいというので、人助けも兼ねて、達季は受け入れることにした。
どの部活に所属するかは、その間ゆっくり考えればいい。


放課後の図書室にはホワイトボードが設置され、その前に、若い女性教師と女子生徒が立っていた。三年生の生徒の胸元には「図書委員長」という名札が付いている。
臨時の図書委員として来た旨を伝えると、彼女らは問題ないというふうに頷いた。
「んじゃ倉闇くらやみサン、今回もよろしく~」
「毎度のことながら、丸投げされるのは困ります。司会進行を一人でやるのは大変なんですよ?」
「合唱部の方の予定があるからねぇ。倉闇サンはしっかりしてるし、大丈夫でしょ!」
「無責任だと思います……」
妙にノリの軽い女性教師は、図書委員長にその場を任せると、図書室を出ていってしまった。
残された委員長は深い溜め息をつく。不機嫌そうな表情を崩さないまま、彼女は達季に向き直った。
「この通り、担当の先生が適当だからね。君もそう構えず、気楽にしたまえ」
「え? あ、はい……」
妙に尊大な口調の女子生徒。達季は困惑しつつも、その堅苦しい雰囲気に押され、言及できないままに首肯した。




やがて図書委員全員が集まり、定例会が行われた。
男子も女子も「らしい感じ」、身も蓋もない表現をすれば地味でいかにもインドア派といった者ばかり。その輪の中から少し離れたところに、やや斜に構えた雰囲気の男子生徒が一人いたのは意外だったが。
内容も取り立てて重要なものではない。貸出冊数だとか、来月のおすすめコーナーのラインナップはどうするかだとか、基本的にただ聞いていれば済む話だった。

そう、そこまではよかったのである。
問題はその後、定例会がお開きになってしばらく経った時に起きた。




「ほんっと話の分かんない人っスねアンタは!」
「分かってないのは君の方だよ、お馬鹿さん」
図書室の隣の小部屋、図書準備室の中から、何やら言い争う声が聞こえてきた。
委員会が終わった後も、何とはなしに図書室を見て回っていた達季は、突如漂い始めたただならぬ空気に驚いてそちらを見やる。

「馬鹿って言った方が馬鹿って、小学校で習いませんでしたか?」
「習ってないね。それに私の成績は学年トップクラスだよ」
「人として馬鹿だって言ってんですぅ~」
「おっと、まさか君みたいな人に道徳を説かれようとは」

……いや違う。ただならぬ空気ではあるが、その内容は実に下らないものだった。
達季は周囲を見るが、残念ながら自分以外誰もいない。貸出当番に頼りたいところだが、どうやらカウンターにいなければならない当人たちが言い争いをしているようで、つまるところこの状況を止められるのは達季ただ一人だった。
「あ、あの……」
小さく声を発してみる。
喧嘩は止みそうにない。
「すみませーん……」
まだ聞こえていない。
これはもう、仕方ない。
「あの、すみません!」
達季は図書準備室に近付き。
思い切って、その扉を開けた。


室内には二人の生徒がいた。
一人は、背の高い男子生徒。図書委員らしくない、例の斜に構えた生徒だ。
一人は、背の低い女子生徒。先程まで司会進行をしていた図書委員長だ。
二人は水掛け論を止め、同時にこちらを向いた。
そして達季に向かって同時に訊いてきた。
「お前は、」
「君は、」

こっくりさんを信じるか・・・・・・・・・・・?」






そして話は現在に至る。
現実逃避も限界だった。まくし立てられる両方の主張を聞き、それでも意見のまとまらない達季に、どうするのかと二人は迫ってくる。
「こっくりさんなんて、信じねぇよな?」
男子生徒が言えば、
「こっくりさんを、信じるよね?」
女子生徒が言う。
「よ…………」
ああ本当にどうしてこうなった。
「よく分かりません!!」






<次話>


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