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公演感想¦角野隼斗全国ツアー2025 “Human Universe”

2025/02/19(水)18:00開場 19:00開演
角野隼斗全国ツアー2025 “Human Universe”<追加公演>
NHKホールにて。

ライブやコンサートにはレポというのがつきものであって、どんなことがあったか、セットリストがどうだったとか、事実を書くレポはよくある。わたしはどちらかというと事実よりそこから感じたことがあったときにレポを残したいので、レポというよりは感想を書いています。
セットリストや演出などのネタバレを含みますので、苦手な方は閲覧をご遠慮ください。



わたしはピアニストのコンサートというものには今回初めて参戦した。
ライブにはよく行くのだが、アイドルだったりバンドだったり、声を出したり手をあげてリズムに乗ったり、ペンライトを振るようないわゆる「ライブハウス」のイメージに近いものしか行ったことがなかった。ピアノのコンサートと言うと、もはや「のだめカンタービレ」の世界だなと思い浮かべるほど縁がないものだった。
しかしいつものライブと比較していろいろ違いがあって面白いなと思って、感想をここに残すことにした。

角野隼斗さんは数年前に鍵盤ハーモニカとピアノを一緒に弾いているYouTubeを見たことがあって、素敵だなと思って当時プレイリストに入れてよく聴いた。たまたま追加公演の発表直前ごろに久しぶりに動画を見返したのだ。なんとなく気になって、せっかくだしと思ってA席のチケットを取った。


公演前に少し時間があったので、入場と同時に配られるパンフレットにひと通り目を通した。
タイトルの通り、宇宙がテーマとのこと。
どんな風に鑑賞するのが良いのか分からなかったが、とにかく静かに大人しくしていれば問題なさそうなのが初見にも優しいなと思った。たいていのライブは、言い方は良くないかもしれないが「内輪ノリ」のような部分があって、お決まりの流れやコールアンドレスポンスなどがある。現地に足を運ぶのだからファン向けなのはもちろんなのでそれは覚悟の上、可能なら予習して来るとより良い。とわたしは思っている。

わたしの座席は3階席だった。A席で3階席なのか〜。とちょっとだけ思ってしまった。たいてい良席はできるだけ前方、というのがわたしの中の常識だった。まあ初めてだし3階席くらいのほうが気軽かも、と思って着席した。
が、そんなことはなかった。



プログラムのレイアウトは公演前に見ただけではどういう順番で曲が進んでいくのかあまり分からない構成だなと思ったのだが、大筋は決まっているものの3グループに分けられた楽曲はその日によってランダムな順番で演奏されるのだという。
じゃあもしかして「月の光」くらいしか分からないわたしにはどこで曲が切り替わったのか分からないのか…?と一瞬思ったのだが、ご本人がはじめに「ステージ上の地球、太陽、月を模した照明がそれぞれ光るので、プログラム上に示されたそれぞれの惑星にあたる楽曲が演奏されている曲だと分かるようになっています」と説明があった。
クラシックもそんなに詳しくないのでありがたいし、スマートかつ演出として味わえるように楽曲を示してくれるのはとても良いなと思った。とにかく初心者のわたしにはとってもとってもありがたい。そしてシンプルな上に幻想的な演出だ。


ステージ構成は上手側にグランドピアノ、ステージ奥にアップライトピアノ、下手側にシンセサイザーが置かれ、鍵盤が中央に向くかたちで楽器が置かれていた。(つまり中央に椅子が置かれそこで3つのピアノたちをひとりで弾く。)
3階席から見える範囲なのと楽器にあまり明るくないのでちゃんとした名称が分からないのだが、アップライトピアノの上に弦楽器のような音がする楽器が置かれていたように見える。
そして上手側に月を、中央に太陽を、下手側に地球を模した丸いライトがあった。


開演して、真っ先に照明が思いっきり絞られた。ピアノたちの鍵盤部分からご本人が座る中央あたりだけが照らされるように、本当にわずかな照明だけで照らされる中の演奏がはじまった。
まさに、宇宙にぽつりと浮かんで弾いているようだった。3階席でステージから距離があるからこそ、座席の暗い空間が広く見えて。暗い座席のわたしたちは、まるで宇宙の中に放り出されたような感覚だった。
そうして地球、太陽、月にあたる曲たちが青、赤、黄色の照明に照らされながら流れてゆく。公演ごとに順番は変わるようなので、具体的な楽曲順も残しておく。(記憶違いがありましたら申し訳ありません。)

  1. 太陽→月→地球

  2. 地球→月→太陽

  3. 地球→太陽→月

グランドピアノ、アップライトピアノ、その上の楽器、シンセサイザの4つの楽器を巡りながら弾く姿を眺めた。ときにシンセサイザで低く「ボーーー」と音が鳴って、そのシンセサイザの低い音がいちばん宇宙を感じたかもしれない。少し不安になるような、でも広大さを感じさせる低い音がゆっくり大きくなりながら重なって響いて、あのホール以上の広さを感じた。

「3.」の「月」にあたる楽曲「Once in A Blue Moon」の「Blue Moon」はなんだろう、と公演前に同行者と話していた。実際にブルームーンと呼ばれるものがあるのだとあとから調べて知ったのだが、そのときのわたしは日中に見える月のことだと思った。小学生のころ、登校中に見上げた空や体調を崩して病院に向かう車の中で横になりながら見上げた青空の中の青白い月をふと思い出したのだ。


上記の楽曲を含めプログラムのどの曲も静かに厳かに、ときに優しくときに激しく語りかけるような印象だった。わたしはピアノを弾く技術に関する知識はほぼない。ピアノの音も音楽も好きだから聴きに来た。正直ピアノや楽器が弾けるというだけですごいと思う。だからなんとなくの印象しか語れないのが申し訳ない。

グランドピアノの力強い音がこんなにも3階席にまで届くのか。すごいな。と思うと同時に、シンセサイザやアップライトピアノ、その上に置かれた弦楽器っぽい音が反響するように左右や後方から重ねて数回聴こえた。距離があればあるほど音が遅れて聴こえてくるように、宇宙の広さを強調するような演出だった。
ご本人からも説明があり会場には13個ほど(具体的な数字は曖昧です)のスピーカーが置かれ、立体音響のようになっているとのことだ。
先に述べた思いっきり絞られる照明と合わせて、わたしたちは今、ピアノを弾く彼に宇宙に連れていってもらっている。宇宙の壮大さと、わたしたちがその壮大な宇宙を構成するひとつひとつであるのだと教えてもらうように。静かに静かに演奏を聴くことで、この大きくて静かな宇宙を構成する一員になれている。そんなふうに感じた。
なるほどこれはA席と言えるなと思うだけの良さが、あの広いホールの3階席にあった。


ライブというのは声を出したりペンライトを掲げて光ったり、リズムに乗ったり、手を掲げたり、アーティストに促されて跳んでみたりすることで、ライブに参加してライブを一緒に作ると思う。わたしがよくライブに行くアーティストは、「ここのどの誰かひとりが欠けても、今日のこのライブはありません」とよく言う。観客が変わることでライブも変わるという意味での発言だとわたしは思っている。
各々が音楽を楽しむという根本は間違いなく変わらない。そして静かに静かに物音を立てないようじっと気をつけて音楽に耳を傾ける今回のコンサートも、この会場の空気を、宇宙をつくりあげるという意味で、それは同じなんだと思った。こんなに対照的でも、共通する部分があるとは思わなかった。どちらもそれぞれに素敵だ。音楽鑑賞というものにもたくさんのかたちがあるのだな。もっといろんなアーティストのライブやコンサートに足を運んでみたいと改めて思った。


演奏がすべて終わったあと。観客からは拍手がとてもとても長く続いた。「ピューッ!」と指笛が聴こえてきたり、「ブラボー!」と声が飛んだり、手を頭の上に掲げて拍手したりと、演奏をたたえる音がたくさん鳴っていた。
わたしは、拍手、すごく長いな。どのくらい拍手したらいいんだろう、と思った。角野隼斗さんが礼をして退場したあと、また出てきてお辞儀をたくさんして、また退場しても拍手が続いた。鳴り止まない拍手、とはよく聞く表現ではあるが、体感したのは初めてだった。ほんとうにずっと鳴り止まなかった。
そうしてまた出てきて、彼はピアノの椅子に座った。まだ演奏してくれるんだ!これってもしかしてアンコールか!と分かった。
後にホールのロビーで貼り出してくれていたので正確な楽曲名がわかった。「ガーシュウィン(角野隼斗編曲):アイ・ガット・リズム」だった。ジャズのような軽やかなリズムで楽しく、思わず体を揺らしてしまいそうだった。なんというか「エンドロール」って感じだ!と思いながら聴いた。すべてが大団円で終わって、ワチャワチャと役者がみんなで踊るようなリズム。わたしはこっそりと足の指だけでリズムを踏んだ。左隣に座る同行者は膝の上で指先を上下させてリズムを刻んでいた。

そうしてアイ・ガット・リズムが終わって、お辞儀をして、退場して、また拍手喝采が続いた。これも長いな、と思った。
そうしたらまたステージに出てきてマイクを取って、「じゃあもう一曲だけ…」と言って「ラヴェル(角野隼斗編曲):ボレロ」を演奏してくれた。さすがにこの曲は知っていた。あ!これか!これは知ってる!と思って聴いた。やっぱり楽曲はできるだけ知っているほうがいいな。どうせなら事前情報でちょっと楽曲公開されていたんだから、聴いといたらもっと楽しめたかもな〜、なんて思ったりもした。

そうしてすべての演奏が終わって、またひときわ大きな拍手喝采が鳴った。鳴り止まない拍手に、角野隼斗さんはステージから多方向にぺこりぺこりと深くたくさんお辞儀をして、会場にいるみんなからの拍手やバイバイのお手振りに見送られて、退場していった。
そこでようやく終演を知らせる会場の明るさとアナウンスが鳴った。ここまでやって終わりなんだ。
いつも行くライブは明確に終わりの流れが絶対あって、観客とみんなで記念撮影して、いつもの挨拶で締めて終わる。他のピアノのコンサートは分からないが、これが角野隼斗さんのコンサートのお決まりの流れなのかな。アンコール!という声はなく、アンコールは拍手喝采だけ。アンコールのお礼は深い何回ものお辞儀と素敵な演奏で。シンプルながら初参加でも分かりやすくて参加しやすい。思いっきりはしゃぐのが得意でない人でも楽しみやすく、初心者に優しい印象を受けた。


全体を通して、いつもの文化と違ったものが見られたな、なんでも比較するべきではないかもしれないけど、でも違いが分かるからこそそれぞれの良さを認知できたなと感じた。このコンサートは芸術鑑賞にとても近いと思う。わたしは美術館や博物館に行くのが好きなのだが、そちらに近いものを感じた。静かに、それぞれがそれぞれに感じたものを感じる。観客は会場の一部になって息をひそめて、静かに音をひとつひとつ噛み締める。

良い体験だった。行ってみてよかった。
また機会があれば、角野隼斗さんの公演も行ってみたいし、もっといろんな音楽のコンサートやライブに行ってみたいと思った。

楽しかった。素敵だった。この一言に尽きる。


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