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知ることを放棄したヤツに、バイブスは生み出せない

言語によって社会は規定されている

海外出張でブタペストに来ている。驚いたのは、ブタペストが異様に居心地が良いことだ。日本と雰囲気が似ている。都市景観、地理的特性、歴史などが違うにもかかわらず、暮らす人のふるまいが似ている。奥ゆかしさというか、少し恥じらいがある。

仮説は色々考えられるけれど、言語が似ていることが一つの大きな要因ではないだろうか。街で聞こえてくる言葉は全く理解できないけれど、耳馴染みが心地よい。スペイン語や中国語を聞いた時のような違和感がないのだ。

調べてみると、日本語とハンガリー語は、共通項が多い。名前の表記も、姓→名の順番だし、「て・に・を・は」があるようだ。語順もほとんど同じのようだ。(*1)

とすると、自ずと文節やリズムなども似てくるわけで、ロラン・バルトの概念を借りれば、「スティル(Style)」が近いと言えよう。スティルが似ているのならば、「日本語話者のエクリチュール」と「ハンガリー語話者のエクリチュール」も大きく似ているといっても過言ではない。

エクリチュールとは、内田樹氏の言葉を借りれば「社会的に規定された言葉の使い方」である。あるエクリチュールを選択すれば、「言語運用に準じて、表情、感情表現、服装、髪型、身のこなし、生活習慣、さらには政治イデオロギー、信教、死生観、宇宙観にいたるまでが影響される」のである。(*2)

ブタペストという、遠く離れた馴染みのない土地で、なんとなく母国情緒を感じるほどには、言語が我々人間に与える影響は大きい。

果てしなく高い言語の壁

当たり前だけれど、僕が今いる環境では、平成最後も感じられないし、10連休の実感もない。日本のムーブメントからは完全に蚊帳の外だ。

かと言って、この国のムーブメントからも外れている。各種現地メディアに触れたところで「ラジオDJの話すリズムって、日本とめっちゃ似ているなあ」という瑣末な発見をして終わる。マスメディアを通して何かを知ることになるのは、9.11のような世界中を揺るがす大事件が起こった時だろうな、と思う。

どこにいたって、結局獲得できる情報は、自分が理解できる言語の枠を出ない。今僕が理解できるのは、英語に翻訳されるほどの大事件または英語圏のニュース、あるいはSNSで流れてくる日本のニュースだけである。自分が知ることができる範囲は、自分が理解できる言語の範囲に規定されてしまう。

ブタペストで暮らす人々が何を考え、どのような生活をしているのかを理解するには、現地の言葉を使い、じっくりと時間を共にするしかないだろう。
時間は有限であり、言語は無限だ。言語を理解したもの同士の、溶けるようなつながりを期待することは無謀でしかない。

言語が社会に与える影響はあまりにも大きいのに、言語が作る壁はあまりにも高い。

それでも私たちがつながるためには

それでも、私たちがつながりを希求する時、残されている手段はただ一つ。バイブス(雰囲気やフィーリングのような非言語のシンクロ感)である。

言葉が通じずとも、同じ音楽で一緒に踊ることはできる。空間を共にしながら、リズムやボディ・ランゲージ、熱意や感動など、直感で感じ取れることを寄せ集めて、お互いに接近することはできる。

ブタペストのバーでも踊ることで通じ合ったし、世界卓球の会場では、自国以外の選手の名勝負で通じ合っている風景があった。バイブスを合わせることができれば、ボーダーを瞬時に飛び越えることができる。

社会には言語以外にも私たちを隔てる壁は多く存在する。例えば、ジェンダーだったり、年齢だったり。そういった壁を瞬時に乗り越えるのは、バイブスによる対話、すなわち「バイブス・コミュニケーション」のほかないのだ。

無知の知が、より良いバイブスを生む

しかし、「バイブスさえあれば繋がれるから」といって知ることを放棄してはならない。

ダンスにしても、滅茶苦茶に踊るよりも、ステップを知って踊るほうが、バイブスを共有できる可能性は全然違う。

あるいは、小さなことだけれど、ハンガリー語の「こんにちは(Sziasztok)」を知っているだけでも大きな差である。逆もまた然り。日本で海外旅行者に「こんにちは」と言われたら、それだけで少しテンションは上がるし、ちょっと心を開いてしまう。

そのような行動をもたらすのは、自分には知らないことがあると自覚し、少しでも新しいことを知ろうとする意識(すなわち無知の知)である。

決して理解しきれないと自覚しながらも、すこしでも多く理解するために、未知を学び、話を聞き、動くことを続けなければならない。バイブス・コミュニケーションの深度は、相手に対する知識や敬意の深さが決める。

*1 ) 「言語とその周辺をきわめる -3- ハンガリー語:日本語と似ているところ,違うところ - 大島 一」

*2)  エクリチュールについて - 内田樹の研究室

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