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台湾に響き渡る「東方紅」のメロディ
2024年4月13日、台北の台湾師範大学音楽学部のオーケストラは、林東毅の独奏、朱哲民の指揮で、ピアノ協奏曲「黄河」を演奏しています。
この曲には初演時に演奏された一般的な版のほかに、後から他人が改編した版がいくつかあるのですが、ここでは「東方紅」と「インターナショナル」を含む一般的な版が演奏されています。
この曲は、抗日戦(日中戦争)当時に冼星海が作曲した抵抗と民族意識高揚のためのカンタータ「黄河大合唱」を、のちの「文革」のなかで西洋クラシックの演奏を禁じられた音楽家たちが、自分たちが演奏するためのピアノ協奏曲に編曲したものです。合唱がないので歌詞はありませんが、原曲の精神は引き継がれており、初演時のスコアには表情記号として、「人民解放軍、前進!」などと書かれていたと言います。
そういう政治的な由来を持つ曲ですが、ピアニスト殷承宗、作曲家儲望華らが命懸けで作り出した音楽は、音楽としての魅力が大きく、中国大陸はもとより、香港、シンガポールなどの中華圏、さらに世界各地の華僑社会でも愛好され、そして今や中国を代表する「クラシック」音楽として世界中のオーケストラが演奏しています。2018年末には、ミュンヘンのジルベスターコンサートで、ランランの独奏、ヤンソンス指揮のバイエルン放送響で演奏されています。
もちろん、台湾でもこの曲は以前から演奏されており、フルオーケストラ版、民族楽器オーケストラ(中楽団)版など、多くの演奏をCDやYoutubeで聴くことができます。
ただ、台湾ではかつて、しばしば末尾部分のメロディが別な版に差し替えられてきました。
一般的な版のこの曲の末尾では、高らかに「東方紅」のメロディが響き渡り、そして「インターナショナル」の断片を金管が朗々と歌い上げた後に、フィナーレとなります。元の由来を知らないで聴いていれば、「フィンランディア」同様非常に感動的です。
しかし、「東方紅」はもとは民謡と言われますが、毛沢東を讃える歌詞で「文革」中さかんに歌われた曲で、現在では中国ですら単独ではあまり演奏されないと言います。そして「インターナショナル」は言わずと知れた国際共産主義運動で最も歌われてきた革命歌です。中国共産党と対立し、反共を当然の政治的前提としてきた台湾において、本来なら忌避されるこの2つの曲のメロディを外すことで、「黄河」の演奏を政治的文脈から切り離そうと考えた音楽家たちがいたわけです。そう、ソ連時代の「1812年」のように。
その後、この一般的な版を台湾で演奏するのもめずらしくなくなってはいました。ただ、2024年1月に台湾では総統選挙があり、大陸との対決姿勢を強調した民進党の候補が当選しています。それからわずか3ヶ月で、中国共産党色がはっきりしているこの版で「黄河」が演奏されているのです。
さらに、この日の師範大オーケストラのプログラムは「フィンランディア」、「黄河」そして「嘎達梅林」です。最後の曲は内モンゴルで民族蜂起を指導した人物を称揚する曲ですが、北京の中央音楽院の作曲家による作品で、現代の中国でもしばしば演奏されます。つまり、民族の独自色をうちだす音楽ではあっても、独立志向を鼓舞する曲ではないという位置づけでしょう。
台湾師範大学は、台湾ではトップクラスの大学の一つです。そこのオーケストラのこの選曲には、何か意味があるのかないのか。
なお、演奏後ホールは大きな拍手に包まれます。学生オーケストラによくある、応援の友人たちらしい歓声も飛び交います。ブーイングはありません。