覚えてる？

ふと思い出した話です。

まだ学生の時、私の音楽関係の趣味のジャンルではニコニコ動画が流行っていました。私も覗いてみたのですが、とある曲(バズ、というタイトルでした)の動画を見ている時に、

「メンバーがやっていたあのラジオのあの回で、曲紹介の後、始まった曲の陰でメンバーがもう一度「バズ」って小さく言い直したの、覚えてる？」

というようなコメントが入っていました。
そのバンドはすでに解散して数年が経っていて、もちろんラジオ番組を務めていたのも当時から更に10年近く前の話です。
まだ若い学生だった私は初見、それを見て笑った記憶があります。どちらかと言うと嘲笑に近い、あまりポジティブなものではありませんでした。上手く表現出来ないのですが、そんなマニアックなポイントを、まるで知っていて当然かのように、妙に距離感の近い文体で聞いてくるコメントが若い私には滑稽に思えたのでした。

そして、そのコメントに返事はありませんでした。やはり覚えている人はいなかったのでしょう、それに動画自体もそこまで見られているものではありませんでしたから。
でも、そのコメントはなんだか小さい不思議なピンのように私の心に刺さったようでした。修学旅行の夜、布団の中でそっと思い出を囁くような距離。誰も知らない、取るに足らないけれどとても大事な秘密。
それでも、とても小さなピンだったので、私はしばし存在を忘れていました。

先日、その「メンバー」の訃報が届きました。数日前まで音楽活動をしていて、突然のお別れでした。その時、あのコメントを思い出しました。刺さったピンが、またキラリと光りました。

あの時、ラジオでの小さな囁きですら聴き逃さなかった、彼への愛に満ちていたその方の耳に、この悲しいニュースはどのように届いたでしょう。どこに住んでいるかも、年齢も何もかも分からない遠い人に、故人と同時に想いを馳せるのでした。