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「娘」になりたくて実家に帰る
わたしはやたらと実家に帰る。
都心に住む人間が練馬の実家に帰るくらいのラフさでガッツリと飛行機に乗り、東京⇆熊本を行き来する。
最初は、70代に突入した母と16歳なのに家でドリフトをかます犬に「会えるうちにたくさん会っておきたい」そんな気持ちがメインだった。
そうこうしているうちに、わたしもいわゆるミドサーになって、20代を懐かしむよりも40代を妄想する回数が増えた。
パートナーなし、もちろん子どもなし。
自分で選んだ道のはずなのに、ふと顔を上げると視界には誰かの「彼女」であり「嫁」であり「母」であり「祖母」である女性ばかりに目が行く。
デスノートの死神の目のように、道ゆく女性の頭上に勝手に「肩書き」「役割」が見えるのだ。
じゃあわたしは?
わたしの頭上には何と書いてある?
ひとりが好きだ。
同じ生活空間に自分以外の人間がいること、自分が子育てしている様子が20代からどうしても想像できなかった。
いや、正確にはある程度想像できるからこそ「向かない」と思った。
でも年齢を重ねるごとに外野が勝手に「リミット」を目の前にチラつかせてくる。結婚市場における年齢の価値、女性機能の低下。
ただの選択肢。向き不向き。あなたの人生、わたしはわたしの人生。
それでも、あなたは1億円持ってるけど使わずに捨てるんですね、と言われている気持ちになってくる。今世、天文学的数値で、戦争のない国に生まれ食うに困らず五体満足に生まれ今も健康体で、望んだ教育を受け、女性という性を受け、人生を自ら選べるまたとない恵まれた環境に生まれておいて、あなたはその道を選ぶわけですね、と問われている気持ちになってくる。わたしは何かのチケットを持ち腐れさせるのだろうか。何か大切なものを手のひらからこぼすのだろうかと。
正直心が揺らぐこともある。嫁にも母にもならなかったんじゃない、なれなかったんだと、わたしの頭上に浮かぶ「空白」のアイデンティティが自己肯定感をすり減らす。どの道にだって、喜びもあるし、苦労がある。理解しているけれど、今のわたしはどうしてもわたしの選択・過去を愛そうとしてくれない。
はじめて、「母と犬に会いたい」という気持ち以外で実家に帰ることを決めた。帰省する5日前に決めた。直前すぎて航空券はバカみたいに高かった。
「逃げたい」と思って帰ることにした。
母と犬と居るわたしは「娘」というアイデンティティを得られるから帰りたい。
人生ではじめて、東京でひとり、何者でもないことがどうしようもなくダメなことに思えた。好きで選んだ道が信じられなくなった。ちょっとこのメンタルで東京でひとりでいると、間もなくなんらかの爆発が起こりそうな気がして、リセットしたい、ゆっくり考えたいと思った。
思考が二重構造だ。雪見だいふくだ。核となるバニラアイスでは自分の生き方を肯定し、その道を選ぶ自分なりの理論、理由があることを知っている。でも、核を包む求肥の部分で「婚活しなくていいの?」「子供を産むなら○歳までにパートナーが必要だから行動しなきゃ」「そもそも産めるのかチェックしたらどうか」「今のうちに転職してキャリアアップ狙っとかなくていいのか」と、わたしの核を締め付けてくる。This is my lifeと思っていることと、やらなきゃと思っていることにどんどんギャップが生じてきて「お前は誰だ?わたしの知ってるお前じゃないぞ」と脳内で求肥を引きちぎる。
自分の、自分だけの思いを、考えを、一般論(と思い込んでるもの)がぐるっと包んで締め付けてくる。話は逸れるが、このひとり気ままな道を選ぶトレードオフとして「このくらい仕事をがんばる」という謎ルールを自分に課していた。そしてタイミング悪く仕事にも思い悩む事項があり、「思てたんと違う」現状と未来が目前を過った。Wパンチをくらっている。
ただの娘になりたい。戻りたい。
東京の「ひとり」から、熊本で誰かの「家族」に戻りたくて藁にも縋る思いで航空券を買った。
「急ですが、帰ります」
LINEをしたら、母は「温泉に行こう」と言ってくれた。一人旅が好きだ。気楽で気ままに旅程を決められるから。でもこんなに心が救われる「家族旅行」あるなんて。誰しもに頼れる親が必ずいるわけではない世の中で、その存在のありがたさを噛みしめる。だからこそ余計に怖がる、「娘」にも戻れなくなるその日がいつか必ず来ることを。
3月初旬まで、実家でエネルギーをチャージしてくる。
自分ではない何者かの色に染まりかけている思考を水で洗い流したい。本当の自分の人生の価値と優先順位を今一度整理したい。
では、お暇いただきます、なんてね。
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