第7回笹井宏之賞応募作/二宮珊瑚
音もなく枯れていったと言うけれど、隣の花には聞こえただろう
ささくれが途切れぬように慎重に剥く大切に壊されてみたい
美しいと漢字で書けるほど強くなくてうつくしい、鬱くしいと鳴く
生き延びた天使のような手さばきで魚の鱗をなめらかにふく
蝶だった頃の記憶は抜け落ちてつつじの蜜をぎこちなく吸う
折り鶴になる夢をみる時いつも誰かにくちばしを曲げられる
肺胞の吊れてるような葡萄園 そっと呼吸器を置いてゆきたい
骨が鳴る ひとつひとつの関節がひかって居場所が一瞬わかる
風呂場では落ちない汚ればかり増え、からだがひとりできれいになってく
諦めないことと抵抗することは違くてつめたい水で洗う手
後悔をするのに飽きてから春がいちばん好きな季節になった
軽すぎるいのちが飛ばされないように足枷がある夢とか猫の
線路上そっとたましいを置いたが人身事故にはならなかった
母親を知らない子らの日記には焼けるほどあまい愛の寓話
寂しいを菓子パンで埋めた真夜中に満ちる水紋めいた嗚咽
顔色のわるい子どもが顔色のいい人形の足を引っぱる
過ちを犯したりない声色でごめんねをする もう一度する
抱き合って眠る心中めいた昼 夢では背中に羽根が生えてた
先生の趣味だろうか逃げ場だろうか 診察室のキリコ歪んで
イチジクの葉も羞恥心もないぼくたちはりんごゼリーを口移しする
足りてない少女が髪をほどくたび白んだ夢に帯びていく熱
ばらばらになった二人は金継ぎで一つになってまばゆい亀裂
あまりにも美しい吐瀉をみてしまい結婚指輪が抜けた、するっと
刺繍には刺繍の孤独 僕だったらママをこんなに泣かせないのに
母の目は二歳児のやうに華やいで、きつと春になつたら死ぬだらう
大根の根を切り落とす時ふと過ぎる 家系図わたしでお終いになる
ねえ艮、歌摘み産まれる棺去る鳥居縫い抜け猫掘りおこす
くるぶしに喃語は這ってその骨の意味を知ろうと濡らしてくる
狂ったら狂ったでそれなりにやる この詩を何度でも誤読する
破顔 昨夜の夢でみた蝶胴だけで翅は私の背に在った 破顔
天使には輪っかが静脈には弁があってみんな迷子がこわい
ごめんね、もう作品としてしかみれない 美しいだけの獣の絵の
遺書を読むようなまなざし向けられてすべての扉の鍵がかかる
「どーぞ」天使は頭上の輪っかを差し出して、これで吊ったらいいよと嗤う
うつ病は仏語でdépression そして女性名詞でかざすとひかる
休符しか置けない五線譜になってピアノ奏者の泣き顔がみたい
天使のはね、ときみが言うときその「はね」が羽か羽根か翅か知りたい
笑うときアルトの声になる祖母の喉に眠れる砂漠をおもう
青いという匂い 絵画の中で咲く花は枯れれず死がうらやましい
心電図めいた情緒の乱れにも慣れてしまった 次はR波
産みたいも海をみたいも線香の味がして手を合わせて瞑る
眠ることだけが正しい夜に手を離してみるみるみる叶う夢
まな板の上で虚ろな眼をしてる私 どうして アラームが鳴る
「最初からやり直してください」と言われやり直せるのを嬉しく思う
この「かな」が詠嘆じゃなく問いかけである淋しさに誰も気づけない
呼吸さえおろそかにしてしまう生活に読点をまぶしたくなる
ドとソとラのシャープに射した夕焼けに従い指を置く 連れてけよ
眠れない街の給水塔にただ眠剤を撒くだけのお仕事
トーストにペースト状の夢を塗り食べ終えた人から正夢に
私にはたのしい地獄が待っていてスワンボートを全力で漕ぐ