水溶日

死産になった感情を言葉で供養する

水溶日

死産になった感情を言葉で供養する

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ただいま樹木葬

休憩室で机に突っ伏している 雨で湿った机から木の匂いが胞子のように放たれる ぎゅっと目を瞑り、眠りへと意識を傾ける 強く強くまぶたを閉じる いま私は死んでいる者なのだと思ってみる 温度を持たない物体になったとイメージをする すると 咲いた 景色が次々と咲きはじめる いもうとの顔が白んでゆく 防波堤に沿って並ぶテトラポッド群が震えだす クラスメイトが私に向けた紫色の視線はゆがむみたいにおどって 現代文〈下〉157ページ右から9行目「再びそれはひらいた」に鋭い西陽が射す 青痣の鈍

    • こわれるorこわれる

      ついに大きな犬は飼えなかった。 大きな犬のたましいが、二匹ぶん、は入るくらいの穴を空けておいたのに。 「棄てておきました」というメモをのこして去っていったあの子をおもう。あの子のきれいな「棄」の字。「捨」ではなかった理由を考えている。あの子とはもう口がきけないので、僕はずっと考えなければいけない。僕の口もなくなるまで、ずっと。 ひらいてみてほしい、ひらいてみてほしい、ひらいて診てほしい。埋めるようになるまで、その空洞に、産めるようになるまで、ひらいて、看て、欲しい。お前のこ

      • たまごの国

        卵管広すぎてお前死んだ てろんてろんのぷろげすてろん てへぺろん いのちっぽくって気色わるい湿気 胎内に充満してカビだらけ むせる むせるたび波打つ羊水 用水路に跨って パンッ! と、水破れる たまたまゴミ捨て場で見かけただけ 置き去りにされて腐卵臭放つたまごたまごたまご 滑って潰せない 喰い荒らされた使用済みナプキン 私の花びら散って、 血、固まる 変色する前にはやく、漂白剤 買おうと手に取り、落として、 地、白ける 洗っても洗っても甘ったるい苺のジャム瓶 で 大きくなった

        • 流刑地

          傷跡をやさしく舐めてくれるひと 手のひらをひらくと2錠のくすり ありがとう、と、ごめんなさい どちらが口癖だったら私らしいですか 死にたい、と、生きたい どちらがSOSですか(ほんとうの) 譜面台の白紙をめくるめくるめくる めくるだけのかんたんなおしごと ピアノのペダルをふむふむふむ ふむだけのつまらないなぐさめでした でしたけど、私らしいって言ったから から、 私はくすりを飲まないで 狂うほうにゆく 紅くなった手のこうを舐めてくれるひと 訪れる前に蒼くなってしまった、けど

        ただいま樹木葬

          必然の雨

          つめたい雨が降ったの それだけで身動きが取れなくなったの 水たまりに靴の先が浸かって かんたんに足先が濡れて もういけない  いけない その場で蹲りたかった びしょびしょのコンクリートに寝そべって いやいやとじたばたしたかった そんな大人にはなりたくないと言われて なにも言葉がでなかった 私もこんな大人になんてなりたくなかった なってしまった とても自然な成り行きで そうなることは必然だった 雨が降ったことは必然だった つめたい指先で結露をなぞる 理想の笑みを窓にすべらす 目

          8/32

          シャカシャカシールの中身を取り出し、それを口の中でしゃらしゃらと転がしていると、ここら辺がすこしひんやりとする(ような気がする)。曇りの海辺はいい。眺めていると、だんだん空と海面の境目が曖昧になって、いま私は 空を眺めているのか、海を眺めているのか、わからなくなる。心地いい。すべてを見たいし、同時に、もう何も見たくない。それが曇りの海辺では叶うから、好き。帰り際、蝉が沖のほうへバタフライで向かっているのを見た。だから、夕飯のかき氷にかけるシロップはカルピスに決めた。

          ぱち

          あまい匂いのする棺、燃やしたら水色になったから好き。一枚めくっただけで血が滲むのはちょっと、あまりにつまらない。排水口がおいでって言うけど、行った方がいいのかな。行かない方がいいのかな。そこらへんのところは誰も教えてくれなかったな。辞書に押し花したの忘れてるでしょ?ていうかあれもう飽きたでしょ。シール渡すとシールが返ってくる仕組みは今もやっているの?それに私は混ぜてもらえるの。ぱちぱちするあまいやつ、あれだけで空腹を凌ぐにはいくら必要なんだろう。まだいける、もっと下あるって。

          少年葬

          ぼくのやさしい遺書は、とても難しい誤読をされて、とうとう誰の心にも届かなかった。 きみの骨とぼくの骨はとてもよく似ていて、裂いた腹から咲いた花がきみと色違いだったから、てっきり同じ言葉で軋むものだと思っていた。 いつだったか、ぼくはきみの言葉を「白痴みたいだ」と言った。 いまのぼくはただの"死"で、対義語がない。 どうかきみに、換言不可能になったぼくを綴ってほしい。 ぼくが皺だらけになって最期を迎えるはずだった、清潔な病室/点滴のひかり/失念した花/透けた血管に透ける銀色/白

          ひかり錆しく

          咲いたばかりのチューリップに煙草を入れると、花弁はじゅっと小さく音を立てて、瞬間、ほそい煙が頼りなく上がった。遮光カーテンの隙間から射し込む鋭利な陽光は眠たげな猫の目元にあたり、猫はほとんど瞼を閉じるように目を細める。カビを舐めたい。有害な衝動に駆られる時、きまって花は咲き乱れ、きまって猫は気持ちよさげに目を細める。私は、死ななくてはいけないような気がする。今すぐに、とまではいかなくとも、なるべくはやいうちに。私が生きていくこと、死んでいくこと、その他すべてを誰もが待っていな

          ひかり錆しく

          風鈴を看取る

          リストカットが手首を一周してケロイドのブレスレットが出来上がった時、あたしにはもうアクセサリーなんて必要ないなと思った、酢酸カーミン溶液に浸かったらトラウマだけが赤く染まって、あたしの核はやっぱりママとパパだったんだとわかって、本当にわかってしまって、赤いとこだけを採取しようとしたらあたしそのものが失われていく感覚に揺れて、嘔吐くとあの夏が出てきた。 〈 殺して積乱雲 夏を彷徨う群像はすべて亡骸 〉 カーテンレールに吊るした風鈴を片付けるタイミングがいつの間にか過ぎて、も

          風鈴を看取る

          やらかい赤ちゃんを潰したり引き伸ばしたりして遊ぶこども、を潰したり引き伸ばしたりするイメージで臨月みたいに膨らんだあたしの脳みそを、あなたはゆっくりと時間をかけて潰してくれた、くれてあたしのイメージは魚卵のように辺りに散ってやがて孵化して、あのやらかい赤ちゃんのおもちゃみたいな顔でそれらはあたしの脳みそにまた帰ってくる。還っても孵っても帰ってくるのよ、ずっと。だんだんとその顔があたしに見えてきて、あたしはどれがあたしかわからなくなる。

          2.17 あやめ

          今日は久しぶりにお父さんとおとうとに会った。お父さんはすこしやせてて、おとうとはぶぐぶくに太ってた。おとうとは「あたらしいママができるっ!あたらしいママができるっ!」と犬のようによろこんでいた。じっさい、シッポのようなものがみえた気がする。お父さんはあまりうれしそうじゃない。むしろ、とてもかなしそうなかお。あたしはお父さんのそういうかおをみるのがはじめてで、すこしどきどきした。もっとみてみたいとおもった。さいきんはたのしいことがなくて、ささくればかりむいている。お母さんのアザ

          2.17 あやめ

          あらゆる誕生日があらゆる命日に覆われていくのを、なにもできないで、ただ眺めている。眠れない朝が、いつかあなたに訪れますように、遮光カーテン越しのやさしい朝日があなたの頬をやさしく照らしますように、何の不純物もない空気があなたの肺を満たしますように、湯気の立つ素敵な液体があなたの空腹を眠らせますように、ように、ようにようにように。なにもできないで、ただ祈っている。静かに釘を打つ。あなたは音に敏感だから、あなたはわずかな揺れも逃さないから、きわめて静かに釘を打つ。水死体が、下流へ

          キリコ

          僕たちはいつも、消失点がいくつもあるような空間でないと、うまく愛し合うことができないね。 歩み寄ったと思えば、地面に伸びる相手の影を踏み、遊び、すこし荒らしてはすれ違っていく。 僕たちはさよならをしない。意図的にしないのではなく、たださよならを知らない。適切な距離がわからない。 心に数え切れないほどの消失点を携えて、それぞれの消失点を基準に愛を測る。 あなたは、僕たちがどこにも行けないことをほんとうは知っていて、僕がそれを知らないままでいるようにと、日々新たな消失点をつくって

          月が二つに見える夜、蒼白の、そう吐くのね。あなたはいつも、人をすこし不安にさせる絵を描く。だからあなたが「わたしはヘンリー・ダーガーが好き」と言ったとき、私はとても腑に落ちた、腑を貫いた白い空間にそっと落ちた。水溶性の夏が憎い。ヨーヨーが破裂するたび、ラムネ瓶が割れるたび、少年の汗がひかるたび、そしてあなたが流産するたびに、夏はほろりと解けていく。憎い。

          すごくすごく最低なことを思いついて、それと同時にきみの顔が浮かんで、ぷかぷか、水死体ごっこの続きをはじめる。かなしみを、きみの中にいれてもいいですか。先っぽだけ、一瞬、すぐに終わるから、何をしていたかも忘れるから、すべて。妹は三角座りをして、奥行のない絵ばかり書いている。弟はベビーベッドでぬいぐるみになっている。誰のものでもなかったはず、なのにまた、属してしまう。きみに属してしまう。先っぽというのは思ったよりも永くて、天使はその途方もなさに縊れた。きみがあの時あの縁日で投げた