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ベートーヴェンの虚像

 年末になるとテレビ関係者も帰郷したり、ゆっくり正月を家族と
迎えたいという願いが強くあるらしく、最小限の人手で済む
特別編集番組をあらかじめ仕込む。
いつものおちゃらけ番組ではなく、どれも見応えがある。
秀逸だったのはNHKの「ベートーヴェンの謎」だ。
 
 ベートーヴェンにはおよそ笑顔は似つかわしくなく、陰気で
かんしゃく持ちで気難しい孤独な天才作曲家という印象がある。
ところが、これは東西ドイツ冷戦の時代に意図的に作られたものだった。
フランス革命を支持するという言動をしたことからリベラルな人物とされ、
西側の保守に対して、東側の新しい共産主義のリベラルイメージ作りに
利用された。
神格化され、重厚で、近寄りがたい存在としてとびきり強情そうな
肖像画を広めた。
 
 ベートーヴェンが難聴になってから周囲の人々と筆談していた「会話帖」が残り、人となりや生活の様子や時々の心情が克明に読み取れるのである。
そこから解るのは、冗談好きで特にダジャレが得意でいつも友人たちの
受けを狙っていた陽気なおじさん、仲間たちとの酒宴で肩組み合って歌う
宴会男、むさ苦しい中年男なのに恋の相手はいつも二十歳前の
うら若き貴族の娘たちばかり、当然、振られ続きで、結局結婚できずの
哀しい独り身の生涯だった。
「エリーゼのために」という飛びきり可愛らしい曲は美しい人妻への
実らぬ恋の調べだった。
 
さて、交響曲第9番、喜びの歌である。
これを聴かないと年を越せないと年末の第九コンサートは
風物詩になっている。
ところが作曲者本人は、酒宴で盛り上がり気分が高揚して、
頂点で「みんな兄弟だあ」と叫び、一体感に包まれる情景を
曲にしたようだ。
それが、後世では、人類はみな兄弟だという世界平和を希求する
祝祭の名曲になった。
酒場で盛り上がるにしては、この曲はあまりに壮大過ぎて、
酒宴の絵が浮かんでこない、きっと誇大妄想癖もあったかもしれない。
それにしても、なんと楽しい男ではないだろうか、
これなら酒場で一緒に飲みたい仲間だ、ベートーヴェンさん。
 

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