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音楽と教育についてのあれこれ

シュタイナー学校の音楽教師であるヴォルフガング・ヴェンシュによる『音楽による人間形成』を読み、その考察の鋭さに圧倒されると同時に共感できることが多分にありました。それは、言葉にし難い私の内的な体験を意識のレベルに引き上げ、言語化するプロセスを大いにサポートしてくれるものでした。その結果、自分にとっての教育の理想や目指すべき指導の方向性も明確になってきました。

「音楽が楽しいのはひょっとしたら、私たちが音楽を奏でている時に絶えず霊的世界と感覚的世界の境界で動いていて、多少なりとも意識のある状態で私たちの霊的な原存在を体験しているからではないか。音楽的活動を通して意識を魂・霊的体験領域に向けることができる。」
ヴェンシュ著『音楽による人間形成』より

まさに!私の探していた言葉でした。
というのも、奏でている時に時折生じる特別な感覚について、それを表現する言葉がずっとずっと見つからなかったのです。音楽の中で味わう神秘的な感覚、時に自分が自分でなくなるような瞬間、何か未知なる領域に足を踏み入れるような体感…。人生経験が演奏に活かされるとはよくある言葉で、それには同意できるけれど、音楽の中の現実は“私の人生経験の現実”では太刀打ちしようもない広大な世界に繋がっている…そんな思いがありました。そのことについて、“意識のある状態で魂・霊的な世界に繋がる”と表現されていて、私にとてもしっくりくる言葉にやっと出会えたという感覚を得ました。そしてそのような精神的な体験こそ、私にとっての音楽の醍醐味なのです。

何の為に音楽を学び、何のために演奏を試みているのかということを考えた時、そこには1人1人違った答えがあるものだと思います。私は、ピアノを弾くことそのものよりも、“音楽の中にある偉大な精神性に触れること”“その精神性を自我を通して表出する”“音楽を通して作曲者の思想に触れる”ことに面白さを見出だしていて、その為の手段としてピアノを弾いているのだと感じています。そういえば、歴代の恩師たちにも「手より頭が働くタイプ」と言われていました。

音楽教育をより良いものにするためには、教師の理想が何であるのかがものを言います。ではどのように理想を導き出せばいいのか。まずは教師自身が音楽によって何を得たのかを明確にすること。教師自身が音楽を通して何を体験してきたかが、その教師が最も良く伝えられることの“核”であり、その教師の“売り”であり“得意分野”になる。そう捉えるならば、“音楽を深く味わいながら内面的・精神的な成長をサポート出来るようなレッスン”の提供を目指していくことが私の道であるように思えてきます。もちろん、生徒さんにもピアノを習う上での理想や要望があるので、教師の理想=レッスンの方針 とはならないことも多々あります。しかし、“自分にとって音楽とは何なのか”“レッスンで何を伝えたい”のかを教師自身が明確にすることによって生じる説得力のようなものは確かに存在するはずです。生徒さんの演奏技術が向上するに越したことはないし、規律正しく練習に取り組まなくては中々上達出来ません。しかし、ピアノの技術習得にこだわるあまり“音楽によって得られる精神的豊かさ”を脇に置いてしまわないようにしたいものです。本の中にもこんな力強い言葉がありました。

音楽を通して自己の内面を成長させてきた手応えのある教師であれば、生徒の内にその種をまこうとする。更に、自分の音楽体験という枠を破って世界のどこかで成し得た音楽授業を知ることは何らかの指針をつかむ為に重要である。音楽によって育てうるものへ向かう道が必ずある。「音楽によって生徒たちの内面は育つし、私はそれを助けることができる」という信念がないとするならば、何が理想となるだろうか。
ヴェンシュ著『音楽による人間形成』より


20世紀以降、多くの音楽家や音楽教育者は、
教育において音楽が中心的な意味を持つと述べてきました。時代の状況をみても物質的繁栄に重きをおくことに限界がきていることは明らかです。そのことをシュタイナーは100年前に訴えていました。コロナ禍にある私達はまさにこの課題に向き合わされています。アフターコロナの世界において、1人1人の内的成長が益々重要になるであろうことは容易に想像がつきます。物質的豊かさよりも、目に見えない精神の向上が個々の楽しみになっていくでしょう。もっと強い言い方をするならば、「そうする他ない」ところまで来てしまっている。この大きな転換期にシュタイナーの思想に出会い、シュタイナーの音楽授業について学び始めたことは、私にとってとてもインパクトのあることで、時代のニーズに合っているという手応えも感じます。音楽にまつわる自分の活動が、この先の未来が求める“本当の豊かさ”に繋がるものであるように…微力ながらもそんな意識を持っていたいと思っています。

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