エンドレス家事
こんにちは!
育休中で今日も育児に奮闘中のパパセラです!
長男⭐️が夏休みに入り、何をしようか悩んでます💦今、コロナも再流行しつつあるので外出もできないので、ひたすら家の前でボール遊びかな😂
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さて今日は、『家事』について育休中に感じた事を書いていこう。
現在、育休中で家事・育児ともにママとともににしているわけですが、あまりに家事の多さにnoteを更新する暇がない…今までこれをほとんど一人でやっていたママは本当にすごい!結婚するまで一人暮らしをしていたので、
「家事ぐらいできるよ!」
と思っていましたが、それは一人の世界のお話。
家族ができてからの家事は別世界のお話。
やってもやっても終わらない。まさに『エンドレス家事』
なぜ、終わらないのか?
〈そもそも自分のペースだけで動けない〉
家族ができるということは、同じ空間に存在する人間が増えるということ。家族と言えど、別々の人間なので同じ空間にいても経験する出来事はまるで異なる。すなわち、同じ家の中にいても全く同じ感覚を共有することはできない。
ですので、自分の感覚で家事を進めようとしても自分以外の人間が存在すると、思うように物事が進まないのだ。人は自分でコントロールできない出来事に関しては不快感を感じる。意外と進んでいる家事も「まだあれもこれも…」といった思考に陥ってしまう。
〈家族が増える=モノが増える=コトが増える〉
私自身、6月末に次男🌙が産まれて家族が増えたのだが、家族が増えるということはそれだけで自宅の中に溢れるモノが増えるということだ。新生児が産まれて増えるモノといえば、
ベッド
ロンパースや肌着
ガーゼ
新生児用おむつ
新生児用バスタオル・タオル
ベビーバス
哺乳瓶やミルク
Etc.
など最低でもこんなモノ達が増えている。
これに加えて、長男長女のおもちゃや絵本、おむつを含む衣類、食器が元々存在している。また、私自身の仕事道具・ビジネス書や大量の医学書、趣味で集めているCD類、そしてママの私物や洋服類など、数え切れないほどのモノが家の中に存在している。もっといえば、テーブルやTV、冷蔵庫などもそれぞれが必要不可欠なモノである。
これらのモノに潜んでいる奴らがいて、それがコトである。
それぞれのモノにはかけるべき手間がありそれには時間を要す。時間がかかるといことは一つの出来事として私たちの目の前に現れる。本は本棚、おもちゃはおもちゃ箱、洋服はタンス、といったようにあるべき場所に戻す作業一つとっても様々な出来事が生じてしまう。これが積み重なると、モノを元の場所に戻すだけの作業がかなりの負担になってしまう。エンドレス家事の誕生だ。別に言い方をすると、書籍にもなっているが、モノが増えるということはそれだけ「名もなき家事」が増えるということ。「名もなき家事」が増え続けるということが家事の大変さを増幅させていている。
だから、家の中にモノが散乱していると必然的にコト(名もなき家事)も増えてくる。
〈必然的?家の中でモノが散らかる〜エントロピー増大の法則〜〉
自然界にはこんな法則がある。
エントロピー増大の法則
エントロピー:熱力学および統計力学において定義される示量性の状態量である。熱力学において断熱条件下での不可逆性を表す指標として導入され、統計力学において系の微視的な「乱雑さ」を表す物理量という意味付けがなされた。
なんのことだか分かりにくいが、要するにエントロピーというのは『乱雑さ』『散らかっている様』といった様子ではないか。よくある例えが、コーヒーにミルクを入れると最初はコーヒーの層とミルクの層が分離しているが、時間が経つと次第に、そして勝手に混ざり合ってくるというあの現象だ。そして、自然摂理として、エントロピーは増大し続けるという法則があるので、家の中においては、
モノが散らかり続ける
ということになる。これをどうにかしようとしたら外部からのエネルギー、すなわち人による労力が必要になるということだ。だから、家の中にモノがありすぎると、エントロピーによってモノが散らかり続けて結果、コト=家事が誕生してしまう。家にモノがあり続けるということは家事は増え続けるということだ。
〈エンドレス家事の負担軽減〉
人が社会生活を営みながら家の中で生活するためには家事は必然だが、どうにかこのエンドレスな状況を打破して自己研鑽の時間を確保できないか。私自身が試みた経験を書いていこう。
・単純にモノを減らす(プチ断捨離)
衣類や食料品、消耗品は生活に必要なモノである。しかし、その他に家の中に溢れているモノは、現在の自分に本当に必要なのか?私の場合、『今後使うかも』といった思考でモノを残して置くことが多いが、これを『今後は使わないかも』といった思考に変える。そうすると今まで必要といていたモノが一変して不必要なモノに変化してくる。そうなったら早い。早く処分or他の欲しい知人に渡してあげよう。モノが少なくなるとエントロピーが増大しても目を向ける対象は少ないままなので、片付け時間は縮小できる。「名もなき家事」が減ることでママ&パパの精神的負担も軽減できるだろう。
・コトの共有(子供との時間価値)
コトにかかる時間の価値について考える。時間の価値はいろいろな考え方があるが、今回は同じ時間でも時間を要すに値する加算時間価値と時間を要するに値しない減算時間価値に分けて考えてみる。今まで、子供のおもちゃの片付けをする時に「こんなに散らかしやがってー」と思いながら一人で黙々と片付けていていわゆる減算したい時間になっていた。
これを変えてみる。(若干)遊びの要素を入れながら子供と一緒にお片付けをする。忙しい家事の中で子供と同じ時間を過ごすコトは簡単ではない。そこで家事を子供と過ごす一つのコトに変えてしまう。そうすると子供との同じ経験ができ、時には子供の成長を垣間見ることもでいるかもしれない。これは加算したい時間であり、一人で悶々とする家事とはまるで異なる。これは序盤であげた「個人でペースが異なる」という点の解決の糸口にもなる。これを続けていると、次第に子供が自分から片付けをするようになり、結果的にママ&パパの家事も軽減してくる。今すぐには時間が短縮するわけではないが、最終的に功を奏するのではないか。欲を言えば、子供自身の片付けができるようになれば一緒に家事(洗濯物を畳む等)をしてみる。ここまでできれば子供自身の達成感や自己肯定感も感じることができる。
・完璧な家事はないという認識
家事をする上で真面目な人が陥りがちになるにが、『家事を完璧にこなす!』という思考だ。
以前に書いた記事に似たような内容が書かれているので参考にしていただきれば。
これを目指して達成できれば凄いと思うが、達成できるママ&パパはどれだけいるだろうか。そもそも完璧な家事とはどういう基準なのか?おそらく完璧な家事という定義はなく、それはそれぞれのママ&パパの中にある『価値観』ではないだろうか。しかもその『価値観』は本当にママ&パパが持つ本来のものなのか。おそらく、ママ友や自分の両親からの影響もあるだろう。本当に今の自分の家族にとって必要な価値観なのか今一度考えてみよう。不要な『価値観』もしくは不要な『プライド』が家事のストレスを増幅させているかもしれない。
少しぐらい中途半端な出来栄えでもいいじゃないか。明日も元気に生きていければ。
ぐらいの気持ちで家事に向き合ってみよう。
今回は、エンドレスに続く家事によって生じるストレスに歯止めをかけるために、終わらない要因とその対策を書いてみた。ここに書いていない内容もいろいろ模索中なので、また別の機会に書いてみたい。
ではまた!!
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