群衆哀歌 15
Before…
【零-私 壱】
念願だった地元の国立大に受かったのは、高校を卒業して一年が経った時だった。泣きながら喜んだことをよく覚えている。中学で成績上位をキープし、ハイレベルな第一志望の高校に入学した。そこでは更なる熾烈な戦いが待っていたが、そこでも上位に食い込める点数を取り続け、同時に美術部で芸術賞を貰った。挫折を知らない人生を歩んできた私は、自信に満ち溢れていた。だからこそ、初めての挫折は大きく堪えた。
両親から、レベルを下げた私立大に進んでもいい、とは言われていた。正直、夜な夜な泣きながら甘えようか悩んだところである。しかし、挫折知らずでプライドが高かった私は、「来年必ず受かるから。独学でやってみせる。」と言い切って、挫折の闇から這い出した。友人との誘いも断り、付き合っていたカノジョとも別れた。本当に親しい地元の友人と元・カノジョ以外、交友関係は希薄となっていた。それでも、自分の目指す夢の場所に、素晴らしい出会いがあると信じて、両親とメッセージで応援してくれる少数精鋭の仲間の支えで対策を取り続けた。そして、結果を叩き出した。
元・カノジョは、同性愛者の友人だった。高校一年から三年間、唯一同じクラスで過ごした友人。席が近くて仲良くなって、というありふれた関係性だったが、同じ美術部で支え合う内に、友人以上の関係性を求められた。不思議と拒絶感は無かった。
「トモダチ以上の関係を求めないから、哀勝が恋人になってくれたら嬉しい。」
私も彼女のことは友達として凄く大切だったし、相手から見た関係性が変わっただけで、あとは今まで通りの日々だった。温かくて、優しいカノジョだった。私は絵が好きで、カノジョは文学が好き。方向性は違えど、同じ芸術を趣味とする者同士。放課後の部活で、カノジョは詩のフレーズを交えた素敵な絵を描いてたっけ。久し振りに受かったよって連絡したけど、アカウント変わっちゃったみたいで返信来なかったなぁ。
【零-私 弐】
国立大でも、美術サークルに入った。卒業後について考えるよりも、闇の先にあった光を全身で浴びたくて、一つに絞ってそこで充実した四年間を過ごしたいと思った。
そこで、フユエという三年生と親しくなった。冬に恵みを、と書いて冬恵。一生忘れられない、この名前。
歳は私が一浪してるから一つ上。冬恵先輩の絵は凄く繊細で、鮮やかだった。真っ先に声を掛けて、そこからは可愛がってもらった。
私が今まで学んできた絵画技術を思い返しても、こんなに艶やかな絵を描く手法は存在しなかった。この人から学びたい。まるで付き人のようにその先輩にべったりになった。やがて、サークルからプライベートでも遊びに行く仲に発展していった。一緒に買い物をして、喫茶店でお茶や珈琲を飲んで、芸術について話を膨らませ、趣味について学んだ。冬恵先輩のセンスは独創的で、誰が着たら似合うんだろう、という服を上手にお洒落に着こなしていた。楽しい日々だった。
一方、勿論学問も食らいつき続けた。今まで以上にレベルの高い講義。それでも、独学で刻み続けた知識と、それを達成した自信は裏切らなかった。夏の期末試験では全科目トップクラスの評価を貰った。挫折した一年間は、私を裏切らなかった。涙こそ流れなかったが、歓喜の温もりに心が包まれた。真っ先に、冬恵先輩に報告した。冬恵先輩もまた、成績上位に位置する人だった。
ーお互いにお疲れ様とお祝いを兼ねてさ、ご飯行こうよ。私、御馳走するから。
「ありがとうございます、いいんですか?」
ー可愛い後輩だもん。いいよ、今晩行こう。駅前集合ね。
「分かりました!楽しみです!」
夜八時に合流して、お洒落なカフェのような店でご飯を御馳走になった。そこで、先輩は隠していた秘密を私に話した。
ー私、男を恋愛対象にできないの。女の子が好きなの。
多少驚きはしたものの、受け入れることは難しくなかった。だって、かつて約三年、そんな子と一緒にいたから。やっぱり、今まで表に出てなかっただけで、こういう人ってありふれてるんだなぁって思ったんだ。
「私、高校の時に同性愛者と交際していた経験あります。先輩の気持ち、その子を見てきたから分かる気がします。」
ーそっか、ありがと。私、哀勝のことそういう目で見るようになってきちゃったんだけど、哀勝はどう思う?
「こんな私で良ければ。私も先輩のこと尊敬してますし、大好きですから。」
冬恵先輩の目は真剣だったように見えた。私が最も尊敬する先輩からそんなこと言ってもらえるなんて。嬉しさが込み上げる。先輩の頬から、一滴の涙が流れて落ちたところだった。
「大丈夫ですか!?」
そう言って、ハンカチを差し出す。
ーありがと、少し哀勝の香りがする。嬉しい。今まで誰にも言えなかったから。話したら誰も寄り付かなくなりそうで、怖くて。ほんとありがと、これからもよろしくね、哀勝。
そう言って、食事の最後に乾杯をしようと言って先輩のお気に入りを注文した。敬する先輩から呼ばれた私の名前は、いつもより何となく深みを感じた。待っている間に、私はお手洗いに行った。
戻ってきた時、とても美しい飲み物が二杯、テーブルに並んでいた。ひとつは、夕焼けのような紅色。もう一つは、夜の海のような深い青色。その青色の飲み物を、私にくれた。
ーこれからよろしくってことで、乾杯。綺麗でしょ。
「はい、とっても綺麗です。乾杯、よろしくお願いします。」
冬恵先輩はくいっと一気に飲み干した。続く私も、同じように飲み干した。流れていく液体が通った後に、今まで味わったことのない違和感が残っていった。この香り、なんだっけ。思い出そうとしたが、中々思い出せない。でも、この香りは今までに、どこかで、確かに知ったことがある。
それを思い出したのは、眠りから覚めた時だった。いつから寝ちゃったんだろう。あの綺麗なお茶飲んで、それから変な感じがして。そこから先を辿ろうとしても、靄に包まれたように鮮明としない。
しかし、あの香りの正体は思い出した。それに気づいて改めて周りを見渡すと、そこはあのお洒落な内装の店内ではなく、薄暗い部屋の中だった。
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