文体を買ってみた。

タイトルの通りのレポ。せっかく文体を買ったので何か文章を書いてみたい気分になり、久々にnoteに来た。

文体を買うとは?

世間一般ではあまり馴染みのない概念だと思うので、軽く説明しておく。

小説とか漫画、映画などを見た後に、自分の思考がそれに大きく影響されているのを感じたことはないだろうか。推理小説を読んだ後には妙にロジカルに思考するようになったり、スポーツ漫画を読んだ後には行く宛の無いやる気や情熱をぼんやりと抱えていたり。或いは、「ずっとインターネットばかり見ているせいでいつの間にかネットミームを使って思考している」という現象の方が分かりやすいかもしれない。特に文章を読んだ後は、自分の頭の中に湧いてくる思考の文体にまで影響を受けていることも多いだろう。

そういった作品から得る影響には、思考が明晰になる、気分が明るくなる、意欲が湧いてくるなど、多様なメリットがある。そういった利点に目をつけ、読んだ人の思考に影響を及ぼすことに特化した書籍が、TTX出版の『読む文体』シリーズだ。発売当初は眉唾物の自己啓発書のような扱いだったが、愛読者が増えるに従って価値が認められ、新たなラインナップが続々と出版されている。自分に合った『読む文体』を選び、購入することを界隈では『文体を買う』と表現することが多い。

ちなみに、『読む文体』シリーズは主に普段の思考を言語によって行っている人に向けて作られている。音声で思考する人に向けた『聴く文体』も発売されているが、私の思考には合わないためこの記事ではあまり触れない。

自己紹介

私がどういうタイプの人間なのか、参考程度に挙げておく。

  • 20代前半の女性。大学生で、専攻は情報学。

  • 思考頻度はかなり高い方。ほとんど常に何かを考えており、若干の不眠傾向がある。

  • 小学生の頃はよく小説を読んでいたが、最近読む文章といえば専らSNSかゲームのテキストか学術論文。一日中文章を読んでいてもそこまで疲れず、論文を読んだ後に休息としてゲームのストーリーを読むような日も多い。

  • 思考のタイプは言語寄りだが、言語化も映像化もできない抽象的な思考もかなり頻繁に行っている。音声による思考はあまり行わず、音声から情報を得ることも苦手。

  • 作品、特に文章にはかなり影響されやすい。言語で行われる思考は変化していることがはっきりとわかる(ただし、これはメタ認知が強いことが理由の一つかもしれない)。

文体を買うという概念はSNSで知った。最近はかなり論文を読んでおり、思考の文体がそれに毒されている自覚があったことと、文体を読むという未知の習慣がどのようなものか気になったので、文体を買ってみることにした。

事前準備

文体を買うときは、予めどんなものを買うかある程度決めておくと良い。と言うのも、文体のサンプルを読むことはできるが、あまり読み過ぎるとそのサンプルに思考が影響されてしまうため、ニュートラルな状態での判断が下しにくくなるらしい。
影響に特化しているとはいえ、ただの文章にそこまでの力があるのだろうかと少し慄きつつ、ある程度どんな文体を買いたいかを列挙してみた。

  • 気分を明るくしたりモチベーションを上げたりするのが目的ではない。どちらかと言うとテンションは低めの方がいいかもしれない。

  • 人格を大きく変えたくはないので、元々の思考に近い文体の方がいい。

  • 論理的な思考はしたいが、あまり冷たい印象にはなりたくない。

以上のことから色々と調べてみた結果、TTX出版の『読む文体 ロジカル』シリーズで柔らかめの文体にするのが良さそうだった。他社の類似書籍にも魅力的なものは多かったが、思考に影響する物なのと、最初に買う文体なので、まずは本元であるTTX出版のものにしようと思った。また、具体的にシリーズのどの文体にするかは、実物を見てから考えることにした。

なお、これは後から気が付いたことだが、私は文章を書くのが得意な方なので、理想とする文体をある程度書き出して、サンプルと比較すれば良かったかもしれない。ある程度労力はかかるが、この方法が一番自分の希望に合った文体が見つけられると思う。

書店へ

インターネットでも十分にサンプルを読んで購入することはできるが、やっぱり実物を見てみたいため、書店に行くことにした。
『読む文体』シリーズは大きな書店でも品揃えが乏しいことが多いため、あらかじめ文体を重点的に扱っている書店をリサーチしてから赴いた。比較的都市部に住んでいることもあって、思ったよりも文体を扱う書店は多くあった。他の地域に同様の書店があるかは分からないが、そこそこの地方都市であれば数件は見つかりそうだった。

書店に行ってみると、思ったよりも目につく場所に文体コーナーが設けられていた。やはりジャンルとしては自己啓発らしく、ビジネス書などの近くの棚に二段分ほど『読む文体』が並べられていた。文体の品揃えを宣伝している書店なだけあり、本棚にはPOPも貼られていた。

余談だが、『読む文体』シリーズは想像以上に見つけやすい。何故かと言うと、文庫本サイズの統一された背表紙が本棚二列分も並んでいるのは、比較的主張が強い背表紙の自己啓発書コーナーではかなり異質な見た目だからだ。淡色の背表紙が単調に並んでいる様は、どちらかと言うとライトノベルコーナーなどが連想された。

文体を選ぶ

まずは背表紙を眺めながら、ピンと来るタイトルの文体がないか探してみた。『春の朝の散歩』、『海をながめて』、『毎日ティーパーティー』……意外と穏やかだ。もう少し自己啓発的で意識の高いものを想像していたが、確かにこのタイトルなら「こういう風に生きてみたい」と思えてくるような、魅力的なフレーズが並んでいる。

その中でもふと目が留まったのが、『窓辺の本棚』だった。予め目星をつけていたロジカルシリーズで、どことなく柔らかさも彷彿とさせる。何よりこのタイトルは、昼休みの図書室で、隅の椅子に座って、気まぐれに目についた本を読んで時間を潰していた学生時代を思い出させた。まあ学生時代にそんな過ごし方をしていた日など殆ど無かったが、自分の理想という点では寧ろ好都合に思えた。
手に取って背表紙のサンプル文を読んでみた。想定よりは少し堅い文だが許容できる範囲で、なかなか良い印象だった。

もう『窓辺の本棚』で良いんじゃないかとも思いつつ、せっかく書店に来たのに即決するのも勿体なかったので、他のサンプル文もいくつか読んでみた。
本によって文の空気感が全く違っていて凄い。しかも、それぞれのタイトルが文体のイメージをかなり忠実に再現しているように思えた。文字通り『文体』を売りにしているだけあって、流石といえる雰囲気の良さがあった。

だが、5冊ほどサンプル文を読んだところで少し思考に異変を感じた。あまりじっくりとサンプル文を読むと思考が影響されるという話は聞いていたので流し読みにしていたのだが、それが影響したのか、多様な文体を読み過ぎたせいで文体が混線しているような感覚がした。情報過多と言うか、自分のキャラがぶれているような、さまざまな感情を同時に考えすぎているような感じだ。
それ自体は耐えられない程ではなかったが、次第に目も滑り出したので、サンプル文を読むのはここまでにして、『窓辺の本棚』を買うことにした。事前にある程度文体のイメージをつけておくことはやはり重要そうだ。

形から入るタイプなので、少ししっかりしたブックカバーも併せて買うことにした。繰り返し読む予定の物なので外装がしっかりしているとテンションが上がるし、何より自分の物であるという感覚がしてお勧めできる。

読んでみる

家に帰って、さっそく文体を読んでみることにした。

意外と普通の小説のような文章で、平均して5ページほどで1つの節を構成しているようだった。ただ、小説と違う点として、文体には目立ったストーリーが見られない。それぞれの節は明確なシーン描写や、節によっては会話などもみられるが、節どうしの意味的な繋がりはなさそうだった。

ストーリーが無いことには明確な利点があり、文体はどの節から読み始めても全く問題がない。頻繁に繰り返し読むものである以上、毎回1ページ目から読んでいくとすぐに内容を覚えてしまうし飽きてしまう。その日の気分で好きな節を読めるのはありがたいと感じた。

一方、ストーリーが無いことの欠点としては、やはり退屈なことだ。大体15分も読むと段々と眠くなってくる。ただ、ストーリーが無いが故に目が滑っても特に問題が無い。寝る前に読むようにすれば睡眠導入にもなって一石二鳥と言えなくもないかもしれない。

また、文章の雰囲気はやはりとても良かった。ゲームで言うところの『雰囲気ゲー』に近いかもしれない。自分の好きな雰囲気にずっと浸っていられることは、水に沈んでいくような何とも言えない多幸感があって非常に心地良かった。

しばらく読んでみて

就寝前に15分ほど文体を読む生活を続けてみたところ、段々と思考にも変化がみられていった。初めは寝る前に巡らせる思考が少し影響される程度で、普通の小説よりは少し影響が強いくらいの印象だったのが、少しずつ日中の気分にも影響するようになっていった。

今は読み始めて2週間ほど経っているが、だいぶ思考が変化している感覚がある。より正確に言うと、新しい思考方法や世界観が自分の中で確立していっているような、自分の新しいペルソナが生まれているような。それに引きずられて自分の元あった部分も少しだけバランスを取るように変化している気はするが、少なくとも自分が乗っ取られたというような感覚ではない。
気分にも影響があり、選んだタイトルもあって落ち着いた、どこか超然とした気分になっている。新しい自分を纏っているという感覚が近いかもしれない。とてもいい感じだ。

もちろん、自分の思考内容の文体にも影響があった。自分のペルソナが変化し、それに合わせて思考の文体も変わっているというのが正確かもしれない。どのように変化したかは、ここまで記事を読んで頂いた人にはもう伝わっているかもしれない。この記事は、できる限り自分が得た新たな文体に忠実に書いたつもりだ。

感想と今後について

ほとんど興味本位で手を出してみたが、想像以上に良いもので驚いた。QOLが一段階上がるような、より理想的な自分になれるような感覚がする。自信をもって読者の皆さんにもお勧めできるものだった。

また、複数の文体を並行して読む『ブレンド』という手法もあるらしい。失敗すると文体揺れなどが起こるリスクもあるが、より理想的な効果が得られる。何よりブレンドをすることで、その文体が自分だけの物である感覚が高まるのが魅力的だ。今の状態だと、どうしてもこの文体が出来合いのものであるという感覚がするのが少し不満ではあるので、この文体がもう少し馴染んだら挑戦してみたいと思っている。

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