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【まくら✖ざぶとん】⑫『怪談闇鍋』
えー、過ぎたるは猶及ばざるが如し、なる諺がございますが、この噺は過ぎゆくは猶追わざるを得ぬが如し、要するに光陰矢の如く過ぎていく季節をついつい追いかけちまうってわけで、寒い寒い冬もいよいよ佳境を迎え、カフンッ、カフンッ、くしゃみを繰り返しちゃ春の気配が日に日に強くなってきてる今日この頃に及んで、去りゆく冬を名残惜しむように囲むものっつったら、鍋だ。
年明け以来に集まったのは、宵越しの金は持たなきゃ酔い越しの待ったなき鐘も数えられなかった彼奴ら四人。
一口に鍋って言っても、寄せてもモッてもいいし、水で炊いてもすきに焼いてみてもいいんだが、お祭り好きの彼奴ら四人とくりゃ答えは一択、おでんでもちゃんこでもなく闇鍋だ。
灯りを消して鍋の出汁が沸騰するまでの間、炬燵に雁首そろえてまず乾杯。
酒は闇鍋に合わせて黒ビール、ウイスキーならブラックニッカ、コーヒーカクテルまで用意して、お先ならぬお酒真っ暗。
鍋がぐつぐつと煮たちゃ、いざそれぞれが尻の後ろに隠し持っていた具材を豆乳、いや出汁のくだりはもう終わってるから投入。
具材が煮えるのを待つ間にまた乾杯すりゃ、さあ闇鍋のはじまりはじまり。
「…なに食ってんだかよくわからんな」
「…だが、美味いな」
「…ああ」
「…出汁で煮てポン酢につけりゃだいたいなんでも美味いんじゃねぇか」
暗がりで喰らいはじめてみたものの、口に入れたものの正体は誰もろくに言い当てられない。時折バカに歯応えのあるものか甘ったるいものに当たったやつが悲鳴をあげる以外は、それぞれ黙々と喰らい続ける。
噛み応えなきものはゴックンと喉の奥に呑み込めば胃の中の噛まず、
答え合わせなきままゴッソリと腹の底に溜め込めば真相は闇鍋の中。
そうこうしてるうちに酒で味覚も満腹中枢も莫迦になっちまえば、いったいぜんたいなにがなんだかわからぬまま箸も杯も進むこと進むこと。そういやこの四人組、酒に呑まれて事の趣旨を見失うのが常だった。
そろいもそろってベロベロになったところで、誰かがまとめの一声。
「なにがなんだかわからんが、美味かったな」
それに四人が応じる。
「ああ」
「そうだな」
「うん」
「美味かった」
さて、ここからがこの噺の本題よ。
「あれ、声がひとつ増えてなかったかよ」
「あん?」
「ウソだろぉ」
「まさか」
「そんなことあるわけないだろ」
「…ホントだな」
「増えてら」
「たしかに」
「そうかもしれねぇな」
「炬燵なんだから、ひとり増えても座れやしなくないか?」
「飛び入りの奴さんはいったい誰だってんだよ」
「いや、それよりよ」
「そうだな、増えてるんだとしたら」
「おまえさん、いったい」
暗闇の中、四人の口がそろう。
「鍋になに入れやがったよ」
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